異世界でオッサンは勇者になれるか?

高戸 賢二

オッサン異世界に立つ

第1話 プロローグ



コツコツ。

誰かが俺の背中をつつく。

・・・俺は寝てたのか?

いや、気を失ってたのか?

息を吸ったら猛烈に咳き込んだ。

「ぐえぇっほ! げほげほ! おえっ」

咳き込みすぎて吐きそう。

涙を流しながら嗚咽する。


げしげし。

俺をつつく力が強まった。

いてぇ~な~

まるで木の板で突っつかれてるみたいだ。

「げほげほ! おえっ! げほげほ!」

やべ、咳が止まらない。


深呼吸しよう。

すぅ~~~・・・

「げほげほ!」

くっさ~!!

土臭いというか獣臭いというか、近年嗅いだことのない臭い。

だいたい、ここはどこよ?


うっすら目を開ける。

藁・・・?

薄暗い。

目線を上に向けて・・・

「うわっ!!」


デカい馬が俺を覗き込んでいた。

ばん馬?

俺は慌てて馬から離れ、壁に体を預けた。

あらためて馬を見る。

「・・・でけえ」

毛並みは尾花栗毛で美しい・・・はずなんだが、デカいから美しいというより怖い。

(俺の家で何やってんだ?)

と、馬に言われたような気がした。

家?


きょろきょろと辺りを見渡す。

木で出来た小屋?

馬とは腕ぐらいの太さの棒で仕切られている。

・・・馬小屋か?

っていうか、馬が俺に話しかけてきた?


とりあえず落ち着こう。

心臓が早鐘のように脈打っている。

頭痛はまだ治まりそうもない。


深いため息をついて、ようやく自分がマスクを着けたままだと気が付いた。

花粉症だし、仕事柄ほぼずっとマスクを着けっぱなしなので、マスクをしていることを忘れることもある。

マスクをしたまま寝落ちすることなんてザラだ。


ふと自分の近くを見ると面体が転がっている。

そういえば手はゴム手袋を着けたままだ。

そこで自分の格好をあらためて確認する。


頭は耳から髪の毛すべてを覆い隠す白い防塵帽。

体は手足を包む真っ白なダボダボの防塵着。

手は白いクリーンルーム用ニトリルゴム手袋。

足は白いゴム長靴。

そして白の不織布マスク。


・・・全身白づくめだ。

この格好に顔面保護用面体と防毒マスクを装着すれば、うちの会社のクリーンルーム標準作業着となるわけだが。

・・・直前まで何をしていたか、思い出してきた。

ゆっくり回想しようと思ったのだが、突然、


バタンッ!!


と俺が持たれている壁のすぐとなりの扉が開いた。

「#$%&!?」

叫びながら、中年の男が一人、小屋に入ってきた。


やばい。

目が合った。


栗色の髪と顔を覆うような髭、青い目、180ぐらいのプロレスラーのような体格。

うん、日本人じゃないな。


とっさに俺は両手を挙げて、降参のポーズ。

中年男は俺に気づいてないようで、馬を小屋から出そうとしている。

今のうちに逃げ出そう。

中年男と戦っても勝てる気がしない。

俺も中年だからだ。


馬小屋から外に出て、辺りを見渡す。

まず目に入ったのが、1㎞ぐらい先に聳える巨大な城。

まるでネズミの国にある城に似た美しく大きい石造りの城。

城の周りは城壁や尖った砦に囲まれている。

緑豊かな山々が城を囲み、遠くに噴煙を上げている火山が見える。

城に伸びる石畳の幅広の通りの両側に、石造りと木造を組み合わせた鋭角の屋根の建物が並ぶ。

まるで中世ヨーロッパの街並みのようだ。


なぜか人々が逃げ惑っている。

見た目、日本人には見えない欧州人のような人々が城の方から逃げ出している。

俺の白づくめの格好には目もくれずに、一目散に逃げている。

振り返ると、栗色の髪の中年男も尾花栗毛の巨馬を連れて、街から逃げようとしている。

何が起きているのか?

目を凝らして城の方を見る。

目が悪いので、遠くははっきり見えないのだが。


何となくではあるが、美しい城の中ほどの空に黒い大きな鳥のような蝙蝠のような生物が纏わりついている。

攻撃をしているのだろうか。

やがて白煙とともに城の一部が崩壊した。

一呼吸おいてから響く轟音。

城を背にこちらへ逃げ惑う人々。


呆然とした俺の口から出たのは


「・・・異世界・・・」


それだけだった。



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