第15話 フィルの正体

 最終階層の奥は広いドーム状の部屋になっていた。

俺の持っている畑よりも広いんじゃないだろうか。

ダンジョンマスターは倒されて久しいので、今は静謐せいひつがこの部屋の主になっている。

宝物も魔物もいないこんな場所にくる冒険者は皆無だ。

フィルはどんな用事があるというのだろう。


「すぐに済むはずです。少々お待ちください」


 そういうとフィルは迷うことなく正面に見える壁へと歩き出した。

このドームも大きな岩を積んだ石壁だ。

よく見ると石によっては模様が彫られているものもある。

フィルはその模様を調べているようだった。

やがて、フィルの足が一つの石の前でとまる。

その石には手のひら大のドラゴンの紋章が描かれていた。


「あった……」


 そう呟くと、フィルは魔法で火球を生み出し紋章を温めだした。

石が充分温まったところで赤いろうの塊を取り出して石に押し付けてから、ゆっくりと外した。

蝋にはドラゴンの紋章がくっきりと写っている。


「ふぅ、ようやくこれで……」


振り向いたフィルの顔は晴れ晴れとしていた。


「用事は終わったの?」


以前うっかり漏らした成人の試練とやらはこの紋章を型取りすることだったようだ。


「はい。後は家に帰るだけです」

「家に帰るまでが遠足です! 気を抜かないように、でございます」


遠足じゃなくて成人の試練な。

どうやらフィルは目的を果たしたようだ。

だったら少し聞きたいこともある。


「そろそろフィルのことを話してくれてもいいんじゃないかな?」


フィルとはいろいろな話をしたが、自分の素性と今回の試練のことについては口をつぐんだままだった。


「ええ。私もそのつもりでした。ですがお話をする前に私のお願いを聞いてください」

「お願い?」


嫁にもらってほしいとかだったら二つ返事で引き受ける! 

まあ違うだろうけど。


「……言ってみて」


少し緊張してきた。


「これから私がどこの誰であるか、そして何のためにここへ参ったかを全てお話しします。そのうえで私が全てをお話しした後も、どうか私と友人のままでいてほしいというのが私の願いです」


なんだ、そんなことか。

……もしかしてフィルは犯罪者とか逃亡者? 

いや、たとえそうであっても何か理由があったはずだ。

フィルは決して悪人じゃない。

俺はフィルに向かって頷いて見せた。

フィルも決意の表情で一つ頷く。


「私の本名はフィリシア・ベルギアックです」


ベルギアック? 

どこかで聞いたファミリーネームだな。


「ベルギア帝国、第一八皇女です」


えーと……。


「皇女殿下?」

「はい」


あまりのことにリアクションが取れない。


「今まで黙っていてごめんなさい。ですがレオたちとパーティーを組んで本当に楽しかったのです。この関係を壊したくなくて! ……ごめんなさい」


いいところのお嬢様だということは分かっていたんだけど、まさか皇女様とはな。


「驚かれましたよね」

「はい。でも、皇女様がなぜお一人でダンジョンに?」


普通のお姫様はダンジョンなんかに入らない。

ましてやお供を一人も連れずにダンジョン最深部へやってくることなどあり得ないことだ。


「これは皇帝陛下が決定されたベルギアック家の成人の試練なのです」


 そういってフィルは成人の試練について説明してくれた。


 現在の皇帝プテラノ二世は名君として名を馳せている。

魔族が住む北部方面の防御を固めると共に、次々に新政策を打ち出してこれを成功に導いていた。

税制、交通、農業、教育、を主軸に改革を行い、帝国の繁栄は国の隅々までいきわたりつつあった。

 そんな名君だからだろう、皇帝は自分に厳しい人だった。

そして同時に自分の子どもたちにも厳しかった。


「帝室にふさわしくない軟弱な皇子、皇女はいらん!」


こう考えた皇帝は自分の子どもたちが成人すると、ある試練を与えた。

それがクロアトダンジョンの攻略だった。

食料とインベントリバッグは携帯自由。

ただし金は三万レナールのみ所持を許され、ダンジョンに入るときは一人でという条件だ。

後は何でもありらしい。


「そんなことをしたら、お亡くなりになる方もいるのではないですか?」

「ええ。私の兄や姉の中にはダンジョンで命を落とした者が四人もいます」


それでも皇帝の子どもは三二人もいるので、特に問題はないそうだ。

そしてダンジョン攻略ができたものだけが皇位継承権を与えられ、失敗した者は形ばかりの貴族籍を得て王族の権利を失うというのがこの成人の試練だった。


「では、フィリシア様はこれで成人の試練を果たされたということですね」

「はい。後は無事にダンジョン入り口まで戻れば私の試練は終了です」

「それは良かった。最後までお供しますので頑張りましょうね」


ここまで来たら最後まで付き合ってあげないとね。


「あの……」


皇女殿下が泣きそうな顔をしている。


「どうしました?」

「もう……、私のことをフィルと呼んではくださらないのですか?」


大粒の涙が一雫、皇女殿下の頬を伝った。

フィルは友達がいないと言っていた。

身分の高い人たちにはご学友なんて取り巻きが与えられると聞いていたけど、本当の友人はなかなか得難いもんね。

友人関係っていうのは共有する経験と時間によって形成されるんだろうな。

俺とエバンスたちがそうだったように……。

そして、俺とフィルは共にダンジョンで戦ってきた友人だ。


「……フィル、泣いちゃだめだよ。まだ試練は半分しか終わってないんだから」


フィルがハッとして顔をあげる。

その目に再び涙が溢れた。


「はい!」


濡れた青い瞳に吸い込まれそうになりながらも俺は自制する。

相手は皇女殿下だもん。


「けっ、チョロインが! でございます」


アリスがまた、よく意味の分からないことを呟いていた。



 さらに十三日が過ぎた。

いよいよ明日は地上に帰る日だ。

フィルは地上に迎えが来ているはずだから、一緒に過ごす最後の晩になる。

ダンジョンの小部屋の中でいつものように火を焚いた。

不思議なことにダンジョンの中では火を焚いても煙は充満しない。

アリスの説明によると、天井が人間にとって悪いガスを取り込み、代わりに酸素というものを出しているそうだ。


「そういえば伝説のスクール水着をお借りしたままでしたね。お返ししなければならないのですが、地上に戻らなければ洗濯もできません」


別にいいよとは言えないよね。

女の子が脱いだものをそのまま受け取るのはデリカシーが無さすぎる。


「それはフィルにあげるよ。どうせ俺は着ないから」

「ですが――」

「フィルに持っていてほしいんだ。それに、その……フィルが一度身につけたものを受け取るのは恥ずかしいというか、いけないことのような……」


だって素肌に着てるもんねぇ……。

洗濯したからといって下着を受け取るみたいな感じだもん。


「そ、それは! そのようなことをおっしゃられては私もお返しするのが恥ずかしくなります……」


二人とも耳まで真っ赤だ。


「だからやっぱりフィルが持っていて」

「はい……ありがたく頂戴いたします。ですが、私はこの恩にどう報いていいか……」


着ているところを見せて! 

と言いたいところだけどそんな勇気はない。


「(けっ、ヘタレが! でございます)」


幻聴が聞こえた。


「そんな気を使わなくてもいいよ」

「せめてレオが帝都ブリューゼルに住んでいればいろいろと便宜を……」


フィルの言葉がとまる。


「どうしたの?」

「レオ、ブリューゼルに来ませんか?」

「俺が帝都に?」

「はい。もちろん住むところも仕事も私が用意いたします。貴方が近くにいてくれれば、こんなに嬉しいことはありません」


帝都か……。

元々、成人の儀式でいいスキルを貰えたら都へ行って一旗揚げる予定だったんだよね。

ラゴウ村やエバンスたちと離れるのは寂しいけど、ちょうどいい機会かもしれない。


「俺もずっと都に行って働こうとは考えていたんだ」

「それは良かった! 城に戻ったら使いの馬車を出しますから、是非それに乗っていらしてください」


その晩は、遅くまで今後のスケジュールについて話し合った。

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