皇女殿下の召喚士 

長野文三郎

第1話 初めての召喚

 夕暮れ時。

西に沈む太陽が雪原をオレンジ色に染めている。

寒いけれど、とってもロマンティックだ。

夕食前のわずかな時間を使って、俺はこっそりと幼馴染のヨランに会っていた。

ヨランは村一番と言っていいくらい可愛い。

茶色の髪の毛は豊かでサラサラしているし、たまに目つきがとっても色っぽいんだ。

同年代とは思えないくらい大人っぽいんだよね。

最近は、その……随分と女の子らしい体つきにもなってきている。

俺たちは村公認で付き合っていた。

実を言うと先日ファーストキスを済ませたばかりだ。



「レオ、明日はいよいよ新年ね」


ヨランが俺に笑いかけてくる。

ヨランの言う通り明日は新年だ。

新しい一年が始まる。

そして俺もヨランも一五歳になり成人を迎える日でもある。


 俺たち新成人は元日に神殿に集まる。

大人になった記念に神様からギフトと呼ばれる能力を授かるためだ。

能力といってもずば抜けてすごい力を貰える者は僅かだ。

大抵はちょっとした腕力だとか、視力の良さ、体力、運がいいと魔法の力なんかが与えられるのが一般的だ。

だけど、中には白羽の御子しらはのみこと呼ばれる子どもたちがいる。

白羽の御子は神様に生まれつき祝福された子どものことだ。

生まれた時から左手の甲に羽形の白いあざがあるのですぐわかる。

白羽の御子は成人時に送られるギフトも特別なものになると言われていた。

ちなみに俺も白羽の御子だ。


 白羽の御子は滅多に生まれない。

俺の住むラゴウの村では一〇〇年ぶりのことだそうだ。

それだけに周りの期待も高かった。

前回産まれた白羽の御子は優秀な戦士スキルを貰って、都で将軍になったそうだ。

しかも俺の痣は一般的な御子のよりも大きいそうだ。

その分、すごい力が授けられるのではなんて期待されている。

俺も今から自分がどんなスキルを貰えるか楽しみでしょうがない。

もしも人生で役立つスキルを貰えたら、俺も都に出てみようかなと考えている。

ヨランにそのことを伝えるととても喜んでくれた。

自分も一緒に都へついていって俺を支えたいとも言ってくれた。

だから明日が楽しみで仕方がない。

成人すれば俺たちは結婚だってできる。

都でいい職業についてヨランを妻に迎えて、幸せな家庭を作る、それが俺のささやかな夢だ。

俺たちは将来を語り合いながら短いデートを楽しんだ。


 ヨランと都の話で盛り上がっていたのだけど、気が付けば東の空に星が浮かび始めていた。

幸せな時間ってどうしてこんなに早く過ぎ去るんだろう? 

さっき待ち合わせの場所に来たばかりというのに、辺りはもう暗くなり始めている。

これ以上はヨランの家族に心配をかけてしまうな。

暗くなる前にヨランを家まで送っていった。


 俺の場合は家に帰っても家族はいない。

両親は俺が生まれてすぐに死んだそうだ。

俺を育ててくれたおばあちゃんも去年亡くなってしまった。

躾には厳しい人だったけど、優しい人でもあった。

おばあちゃんは生活魔法のスキルを持っていたので、ずっと都の貴族様のお屋敷で働いていたそうだ。

そのせいなのか行儀作法や文字などは厳しく教え込まれた。

でも、俺が頑張ればいっぱい褒めてくれたし、父さんや母さんがいない分愛情もいっぱい注いでくれた。

ミートパイを焼くのがとっても上手だったな……。

おばあちゃんがいて本当に幸せだったと思う。

ギフトを貰って働きだしたら、いっぱい恩返しをしたかったな……。

それだけが心残りだ。

その晩、俺は明日の成人の儀式に備えて早めにベッドに入った。




 神殿の礼拝室には村の新成人が集められていた。

村長の挨拶から始まり、にぎにぎしく式典が進んでいく。

そして最後は皆のお待ちかねギフトの授与だ。

一人一人が神像の前で跪き、神官さんがその肩に手をあてて呪文を唱える。

はたして俺はどんなギフトを貰えるのだろう? 

村一番のイケメンであるステルガは火炎魔法の力を得た。

気の優しいエバンスは農業の加護を得た。

地味だけどエバンスの親族は大喜びだろう。

この加護があると収穫率が格段に上がると言われている。

そして次はヨランの番だ。

ヨランはなんと俺のおばあちゃんと同じ生活魔法の力を授かっていた。

これは就職には困らないスキルだ。

これでヨランの将来は安泰に違いない。

火魔法で料理をしたり、水魔法でカメを満たしたり、吸引魔法で掃除をしたりと、生活魔法が使えるとメイドさんとして引く手あまただ。

俺と一緒に都へ行ったとしても食いっぱぐれはないだろう。

ギフト授与の列に並ぶ俺にヨランは笑顔で小さく手を振ってきた。


儀式はついに俺の番になった。

白羽の御子ということで俺の番は一番最後になっていたのだ。


「レオ・カンパーニ、前へ」


神官さんの声が重々しく礼拝堂に響く。

俺は少し緊張しながら前に出て神像の前で跪いた。


(どうか良いギフトが授かりますように……)


(任せなさい、白羽の御子よ。豊穣と知恵の女神デミルバが力を与えましょう)


頭の中で女神さまの美しい声が響いたと思ったら、俺はもうギフトを手に入れていた。


「レオよ、どんなギフトを授かりましたか?」


神官さんが優しく声をかけてくる。


「はい、『異界からの召喚』という能力を授かりました」


礼拝堂にいた皆が歓声をあげた。

召喚士というのは、それこそレア中のレアスキルだ。

魔物やゴーレムを召喚して戦わせたり、高位の術師になると天使や悪魔さえも使役する力を持っている。

このスキルを持つ人には有名な冒険者や、高名な騎士になった人がたくさんいた。


「すごいわ、レオ!」


ヨランもうっとりとした瞳で俺を見つめている。

きっとこの時、彼女は頭の中で召喚士の夫と都会で暮らす生活を夢想していたんだと思う。

俺だってそうだった……。


「さあ、レオ。表に行って召喚術を試してみるのだ」


神官さんに促されて礼拝堂を出た。

異界から現れるのは大きなゴーレムや強力な魔物かもしれない。

礼拝堂の中で召喚術を使うわけにはいかないもんね。


 神殿前の広場で、皆は大分距離を置いて俺を取り囲んだ。

ちょっと緊張するけど召喚術の使い方は女神さまの声が聞こえた時に理解できている。

きっと大丈夫なはずだ。


 掌を大地にかざして魔力を集めた。

地上に薄い紫色をした魔法陣が浮かび上がり発光しだす。


「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ!」


俺の呪文と共に魔法陣は巨大化し、ある一定の大きさまで広がったと思ったら一気に収縮していた。

まばゆい光が溢れだして誰も目を開けていることができない。

やがて光が静まると足元に小さな何かが落ちていた。

そばにメモ用紙のような紙も落ちている。

俺は青い小さなハサミのようなものを摘まみ上げる。

そしてメモ用紙を見た。


「レオ、それは何なのかね?」


神官さんが震える声で聞いてくる。

たぶん俺の声も震えていた。


「洗濯バサミというそうです……」


俺が生まれて初めて異界から召喚したモノ。

それは洗濯物を挟む道具だった。


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