復活ボタン
着物にカンカン帽を被った男がミンミンと煩い蝉の声が響く神社の片隅に店を開いている。店といっても大それたものではなく男の座る小さな折り畳み椅子と木箱の上に風呂敷が広げられガラクタのような物が並んでいる簡易なものだ。
「こう暑いと客も来ないかねぇ」
三十度をゆうに超える気温のなか、ただでさえ閑散としている神社には人っ子一人ない。男が店を開く神社の木陰は夏の強い陽射しを遮り気持ちばかりの涼しさはあったが、うだるような暑さだ。
男は着物の襟を寛げ暑い暑いと言葉に出し扇子で温い風を懐に流していたが、その額や体には汗一つ流れておらず涼しげですらある。
「今日は店仕舞いしたほうがいいかねぇ」
溜息を付きながら風呂敷をたたもうとしていた男の耳に砂利を踏む音が聞こえ顔を上げると子供と目が合った。
「おじさん」
店の前に立つ子供に声を掛けられ風呂敷を畳む手を止めて、男は苦笑いを浮かべながら椅子に座りなおしてから、小さなお客に営業スマイルを向ける。
「おじさん……お兄さんのつもりだったんだけどねぇ」
年の頃は小学校に上がったばかりだろうか、少年の顔には少し大きすぎる眼鏡をかけて上品な白いシャツに半ズボンといった装いに、透明なプラスチック製の虫かごを小脇に抱えていた。
「いらっしゃい。何をお探しですか?」
「復活ボタンの位置を教えてほしいんだ」
少年は小脇に抱えていた虫かごを男に差し出す。男が虫かごの中を覗くと、カブトムシが入っていて、よく見なくともそのカブトムシは既に死んでいる。
「パパに貰ったカブトムシが動かなくなっちゃたんだ。復活ボタンを探してるんだけど見つからなくて……」
「へぇ……今時の人の子は面白いこと言うんだねぇ」
男は少年の手から虫かごを受け取るとニヤリと口元に笑を浮かべる。
「ねぇ、知ってるの? どうなの?」
「このカブトムシには復活ボタンは付いていないようですねぇ。私の持っている復活ボタンでよければ付けてあげますよ?」
「本当に? それを付けたら動くようになる? 早く復活ボタン付けてよ!」
目を輝かせてなんの疑いもなく喜んでいる少年に男は笑みを浮かべたまま、虫かごを足元に置き、風呂敷に並ぶガラクタのような商品から一つ選び取った。
「それが復活ボタン?」
少年は小首を傾げて疑いの目を向けるがそれも仕方がない。取り出したのは古いバスに付いていた降車する際に押す、止まりますと書かれたブザーだった。
「付けると言っても、こうやってカブトムシに当てて押せば大丈夫」
男は足元に置いた虫かごから、死んだカブトムシを取り出してバスのブザー然り、復活ボタンを背中に当てて押すと、赤いランプがぴかっと点灯し男の手の上で死んでいたはずのカブトムシが動き出した。
「わぁ、凄い!! 復活した!」
飛び上がって喜ぶ少年に男はカブトムシを虫かごに戻し、復活ボタンと一緒に少年に差し出す。
「ありがとう! おじさん!」
少年が男から虫かごを受け取ろうとすると、男はすっと虫かごを自分の方に寄せて口を開く。
「お代のほうですが……」
少年はそうだと納得したように頷く。物を買うときはお金を払わなければならないことは子供でも知っている。
「なん円?」
ズボンのポケットからキャラクターが描かれた可愛い財布を取り出して開くと、少年には大金過ぎるだろう金額が収められているのが見えたが、男は首を横に振り財布をしまうように促す。
「お金はいりません」
「タダなの?」
「いいえ。お代は――で」
少年は男の言葉に首を傾げたが、お金はいらないと言うし深く考えることもなく頷いて虫かごと復活ボタンを受け取る。
「それでは、商談成立です」
「ありがとう!」
虫かごと復活ボタンを大切そうに抱えて少年は笑顔で砂利を軽快に踏み鳴らして帰って行く姿を、男は笑を浮かべて見送った。
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