ひもろぎ

魚崎 依知子

一、

 じゃあ、とメジャーを引っ張り出した私に、彰考あきたかは頷く。

「このテレビは横が……60センチかな、ほんで縦が」

「ねえちゃん、すげえ邪魔。負ける」

 文晴ふみはるは眉をひそめ、コントローラーのボタンを連打する。私を避けるように座り直し、だらしなく組んでいた胡座の片膝を立てた。ハーフパンツから伸びる脚は年々ゴツく、かわいくなくなっていく。昨日久し振りに並んだ背は、もう五センチ以上追い抜かれていた。

「来週、期末テストでしょ」

「今回はマジでノー勉でいける気がする」

「いけるわけなかろう」

「ねえちゃん、早う縦測ってよ」

 小言に割り込む彰考の要求に応え、切り上げて縦を測る。

「35センチだけど、30でええわ」

「簡単すぎるわ、2:1じゃ」

 あっさりと問題を台無しにして、文晴は体ごとコントローラーを右へ傾けた。ほほう、と伸ばしたメジャーをぴんと張り、文晴へムチのように繰り出す。当たったところで痛くはないが、邪魔をするのが目的だから構わない。

 おいやめろ、にいちゃんひでえ、あんたはほんに、と日課の騒ぎを繰り返していると、不意に呼び鈴が鳴った。


 全員がぴたりと動きを止めたあと、同じ場所を見る。テレビの上にある掛け時計は、文晴が小学校の卒業制作で作ったものだ。自分の部屋で使えばいいのに、なぜか私の部屋に釘を打ち込んで掛けていった。

 都会はどうか分からないが、この辺では夜九時を過ぎてからの訪問なんてめったにない。ましてや我が家まで来るなんて、それこそ「何かがあった時」だけだ。すぐに障子へ向かった弟達をたしなめたが、正直私も気にはなる。

「こんな遅うに、なんだろうね」

「あの話だろ、昨日回覧板でも写真と一緒に回って来とったじゃん」

 文晴は控えめな音量で返し、彰考の上から廊下の向こうを窺った。

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