第155話 ズルっこ。

 北町家―深夜。京子と亮介以外とっくの昔に寝静まっていた。北町家の属性―寝たら朝まで起きないスキル発動中。ひょんなことからふたりは長らく膠着状態だった関係を前進させつつあった。


「押し倒す感じなの? 手痛くない?」亮介は京子の『ひとりエッチ』設定再現をしていた。

「ん、大丈夫かな」押し倒されながら気を使われる、ちょっと変な感じが亮介らしい。押し倒すと言うより、そっと寝かされたに近い。


「ここからスウェットを」そう言ってスウェットに手を掛けた亮介の手を京子は握り「電気1つ消してよ」と言う。亮介は慌てて2つある照明を1つ消したが部屋はそこまで暗くない「いいの?」とたずねると「ちょっと眩しかっただけだから」と京子は答える。


 照明を1つ消して部屋は落ち着いた明るさになった。本を読むとか勉強には少し暗いが話をするにはいい明るさだ。京子には抱え続けた『もやもや』がある。亮介の今の彼女、望のことだ。年上で仕事をしていて優しくきれきな女性。


 ふたりの関係がどうであっても、自分の気持は変わらない、そう思う京子だったが―心づもりというか、傷つく準備、覚悟をして置きたかった。期待してがっかりすることが事嫌な訳ではない。でもせめて期待せずにがっかりしたかった。


 自分のスウェットを脱がせる手付きが手慣れている、そんなことでいちいち凹みたくない。単に器用なだけかもよ? そう、こんな堂々巡りに終止符を打ちたかった。


「リョウ、ズルっこしていいかなぁ。いやするんだけど」京子はベッドの上で体育座りをして亮介はベッドの下に座っている。パンツ全開なのはわかっていたが、気にしない。


「ズルっこ? いいよ、なに」亮介は簡単に受け入れる。この寛容さ―望さんにも…そう考え始める京子は自分の負のスパイラルに舌打ちを打った(想像して落ち込む材料集め禁止!)


「望さんとのこと、どうなの。ごめんはっきり聞くわ。どこまでなの、そのしたの?」京子は自分のことしか頭にない。いや、きっと誰だって自分のことしか、なのだ。


 京子は亮介と望との関係性に痛みや劣等感を抱くのと同じように、亮介は亮介で自分と望との関係に痛みや劣等感を感じていた。なので京子が立ち入ろうとしている場所は自然、亮介の痛みの根源でもあった。


 触れられたい場所じゃない。痛いから触れられたくない筈なのに、亮介の寛容さがそれを許す。しかし、この寛容さは決して亮介にとっていいものではないのだが、それは別の話。


 胸の痛みを感じながらも亮介は京子に寛容であり続ける。京子はそこに惹かれていたし、そこを居場所にしたかった。焦がれる場所なのだ。








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