第104話 情けない出来事。

「私『グチッター』使わないし、苦手なんだよね―」


「―苦手なの理解できるよ、私だって『喋んない人』だけど、喋んなくても、見ることチェックすること出来るよね、そこ言ってんのよ」


 詩音の怒りスイッチは止まらない。


 最初に怒り出した京子がなだめに入るくらいの怒り。


「それに、亮介。私初耳。京子の校正までしてるなんて知らなかった。なんで君、余裕なの?時間あり余ってるの?」


 詩音怒りはオレへと飛び火した。


「別に余裕あるからじゃ―」


 オレの当たり障りのない言葉が詩音を苛立たせる。


「ねぇ、亮介。私をがっかりさせないで」


「―君の小説は『趣味』なの?趣味の範囲で楽しんでるの?」


「聞かせて、はっきりと―」


 詩音の言葉がずっしりと来る。重い、言ってること怒り。そのすべてが真っ直ぐだ。


「ねぇ、君は私たちの何?保護者?指導者?」


「違うよね、違うの。私は君と、君の作品を支えるために側にいるの、君に掴んでほしいの。私、君が京子の『校正する』余裕作るためにいるんじゃないのよ、」


「私だって自分の夢を掴みに行く、夢の先で君の側に立つ為に。私の夢は―」


「私の夢は――」


「君の本の表紙書くこと」


 昼休みの屋上、初夏の日差しの中一筋の風が吹いた。オレの心の中に一筋の。


 オレは趣味じゃない、自分には言っている。


 小説を書くのは趣味じゃない、書籍化への夢を叶える為。


 だけど、どこかで『3年間』あるし、焦んなくても。そんな気持ちはあったし、今だってある。


 日々確実に積み上げて行っている。


 それは間違いないことだ、だけど『積み方が足りない』詩音の言葉はそう言っている。


 何をそんな『ぬるい』考えでいるの。そんなんだがら―駄目なんだと。


 オレは頑張ってるから、自分のこと駄目だとは思ってなかった。


 いつか必ず辿り着く、そんな風に楽観視していた。


 甘いのか?


 詩音にとってオレの『夢』に対する姿勢は甘く映るのか?


『キツイこと言うよ』


 詩音はボロボロと、流れ落ちる涙を一切拭わない。


 キツイこと、それがどれくらい『キツイ』ことなのか詩音の態度でわかる。


 一緒に居れなくなるほど『キツイ』言葉でオレの目を覚ます気なんだ。


 そんなこと詩音に、言われる覚悟オレにはない。


「―亮介の書いてる小説さ」

「―はっきり言えるよ。今のままじゃ、『死天してん』の足元にも及ばないよ―」


 白く浮き出るほど、噛み締めた唇で詩音はオレを見る。


 詩音にそこまで思い詰めさせたオレは―自分が情けない。


 この顔で、この声で、この言葉を詩音の口から言わせてしまう、自分が情けない。


 詩音はこの言葉を口にするくらいの決意を持っているのに、オレにはない。


 なかったから、迂闊うかつにも詩音の言葉に涙が溢れてしまった。


 情けない―泣いたことじゃない。


 わかってたことを、咲乃の足もとにも及ばないということを。


 そのことを詩音に、言わせてしまうオレは、どうしょうもなく情けなかった。


 オレの熱量は詩音が求めている熱さに、まるで足りていない。









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