第92話 理由、聞いていいかな。

「私さ―」


 オレからの連絡が来るまで、何度も何度もぐるぐると考えていたことだろう。


 考えてまとまった意見だけど口にするのが怖い。そんなときは誰にだってある。


 オレにだってあるし、今の詩音もそうなんだ。


 親友と呼ぶ京子を批判しくないが、かばいたいけど庇えない。


 そうさせているのは京子のオレに対する態度の『雑』さ。


 絵に描いたような『あしらう態度』詩音は『オレ』と『京子』とのバランスを考えて辛抱しんぼう強く対処したのだ。


 だけど限界はある。これ以上京子を庇うことは『オレ』をないがしろにすること。


 そんなジレンマにおちいっている自分の苦しさを京子に気づいて欲しかったんだ。


 あ―っ、どうしょ。嫌なことに気付いた。


 オレって実は果てしなく、どうしょうもなくて、救えないほど『嫌なヤツ』なのかも。


 そうじゃないと、こんなことに、こんな発想に、こんな『気付き』に辿たどり着かない。



 京子にとっての『釣った魚』っての


 こんな嫌な『気付き』並の『性悪』では思いつかない。せいぜい何となく感じる程度。


 オレみたいにハッキリ『言語化』してしまえる程、性格悪くない。


「1個だけ愚痴というか、泣き言というか、辛かったこと聞いてくれる?」


 詩音はこのごに及んでも、オレに使う言葉を探す。それはオレに『嫌な思いをさせない』ためだ。 


「バイト終わってからの行き先さ、京子のトコしか思いつかなかった?」


 聞かずにはいれないだろう。自分を訪ねてくる選択肢、ルートだってあったはずだと。


 なんでそうしてくれなかったのか、聞く権利は詩音はある。


「お前のところも考えたよ」


「じゃあ、京子を選んだんだね」


 きゅっと結ぶ唇。歯をくいしばるでもなく、我慢というよりも決意のような表情。


「理由を聞いていいかな」


 詩音は理解している。


 この質問を続けるのは自分にとっては不利益で、辛い結末に繋がるってことを。


 だけどさ―


「お前とのこと誤魔化したくなかった。お前への気持ち、隠したりしたらお前がしてくれてること、側に居てくれてることに―なんか恥ずかしい」


 詩音は呆然あぜんとしている、今目の前で起きていることに理解が追いついてない。


「思ってたのと真逆の展開か?」


「あっ、はい。あ…ごめん、なんか変な声出ちゃったよ。」


「あのね、このルートはね『後で後悔するルート』聞かなきゃ側にいれて、笑ったり跳ねたり出来るのに台無しにする


「期待を裏切る男だろ」


「ホントだよ、ホントにホントだよ、これって私けっこう―」


「愛されてるね」


 この言葉を誰かにつかうのはこれが初めて。詩音は、はにかみながら付け加えた。






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