第51話 緊張してるの?

 それから程なくして寝ることにした。朝まで『グチッター』の反応を追いかけても仕方ない。


 元々メタ発言と呼ばれる『中の人』的な発言は避けてきた。作品と作者は極力切り離す派なのだ。


 それが正解かどうかはわからない。変な先入観を持たれたくない、そんなくらいの理由だった。


 布団に入ってふと、何か重要なことを忘れている気がした。


 何分か考えたが思いつかない。気のせいかと寝ることにしたが朝起きてその重大性に気付いた。


「ヤバい、京順けいじゅんのこと忘れてた――」


 今日はもうテスト当日、バスケ部の朝練はないはずだ。オレは慌てて京順のケータイを鳴らした。


 京順と運よく連絡が取れた。一応この土日のバイトの時に起きたことと、きのうの佐々木咲乃の変貌ぶりを共有した。


 京順自身いとこである佐々木咲乃の本性を知らないわけではなかったので驚きはしなかった。


 ただ『迷惑かけたなぁ、悪かったなぁ』そんな反応だった。


 まだ京順絡みで何か重要なことを忘れている気がした。


 寝不足の頭では思い浮かばず、とりあえず駅で待ち合わせして学校に行くことにした。


「あっ、思い出した」

「どうした亮介?」


「どうしたじゃね―よ、京順。お前佐々木咲乃の件で京子に嘘ついたろ?」


「うそ?」

「だから、つきまといの件だけで佐々木がオレのこと気があるの黙ってたろ?」


「うん、それが?」

「京ちゃん、カノジョいるのに女紹介してって激オコ」


「あっ、バレてんの?」

「オレ、知らなかったから許された。お前確信犯」


「―でも、アレだろ。京ちゃんおとなしいし、まぁなんとかなるわ」


「そう思うならどうぞ――」


 オレはカトリックでもクリスチャンでもないし、その違いすらもわからない。だけど心の中で『十字』を切りたい気分になった。


 この罪深い子羊、自分の罪深さに気づいてないよ。


 呑気に『3組の誰々かわいいよなぁ』などとほざいている。次の駅までの命とも知らず。


 電車は次の駅に入りゆっくりと減速してホームに入った。


 ホームには京子と詩音ふたりの姿が流れた。きのう詩音がお泊りしたんだ。


 その事に京順も気付き、オレの顔を見ながら首を傾げる。


「なんであのふたり一緒にいんの?因縁の組み合わせなのに」


「あ―ふたりの因縁は一段落かなぁ。お前との因縁に比べたら」


「亮介、ちょっくら謝ってくら」


 うん、そんな軽いノリが許されるはずもなく京子は京順をホームにひきずりおろし説教がはじまった。残された京順の悲鳴。


 呆れ顔のオレと詩音は電車に乗って先に学校に向かうことにした。


「おはよ、亮くん」

「詩音おはよ」


 そんな些細な挨拶が交わせたのは何日ぶりのことだろう。


「緊張してるの?」

「オレは、してる」

「そっか、へへっ」


 こんな些細な会話がまた交わせる日が来たんだと。








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