第45話 久しぶりだから。

 陽茉ひまちゃんは部屋に戻った。しばらく様子を見たが寝たようだ。


 陽茉ちゃんは一度寝ると起きない、朝まで。それは昔からだ。なのでもう誰も部屋に来ることはない。


 あの佐々木咲乃が「死の天使エンジェル・オブ・デス」。なんでこんなことに。


 考えても仕方ないし、考えるにしても順番がおかしい。今考えるべきは――


「ナニ?こんな時間に女子にビデオトークって失礼だと思わなかった?」


「思ったけど」


「落ち込んでるか気にしてくれたんだ。いいよどうせ『元カノ』なんだからほっといてくれて」


 オレは柚原ゆずはら詩音しおんにビデオトークをしている。


 詩音とビデオトークするのははじめてだ。普通に音声だけでトークすることも考えたが顔を見て話すことを選んだ。


「言っとくけど私機嫌悪いから『亮介さま!どうしましたのぉ』な詩音をお求めなら無理よ。おととい来やがれてんだよ」


「ごめん」


「さっきので笑わなかったら笑う場所ないよ?」


「別に笑いたくて電話してないから」


「暗いのもノーサンキューなんですけど。何慰めてほしいの?あの女でしょ?本性出したんだ。まぁ私もだけど――」


 以前付き合ってた頃は詩音はお嬢さんキャラだった。


 いまは普通の年頃のいつもより機嫌の悪い女子みたいな感じたんだ。


「どの私に用なの。昔の絵画教室の頃の私?『亮介さま』な私?それとも『等身大』私?これはないか―」


「等身大の詩音ちゃんかな」


「あのね、等身大の私に『詩音ちゃん』なんて言ったらぶっ飛ばすよ、こう見えて神田の生まれよぉ?」


 それは何だろ『江戸っ子』ってことなんだろうか。


「あのね、今のも笑ってくれないとホントに笑うとこないからね?まぁ、夜中に大爆笑とは行かないまでもよ。わかったわ、合わせるよ。久しぶりだから少しはしゃいだの。で?ボコボコなのね」


「―そうボコボコなんだよ」


「ボコボコにされて慰めてほしいの?それともボコボコだけど?」


「慰めたいんだ。お前を」


「お前って言うな、てめーの女房かよ」


「こうなるの計算の内よ。あの女。ボロボロにして私に連絡取る、思い通りに動くんだ情けなくないの?」


「情けない、それでも詩音の声が聞きたかった」


 少しの静寂。スマホからは僅かなノイズ。夏の夜に何処からか聞こえてきそうなノイズ。


「別に情けなくていいんじゃない。別に才能とかなくても。それでももがいて足掻いて、みっともない姿でも私は応援したいよ、まだ私応援してもいいのかなぁ、亮介さまに恥かかせたんだよ、全校生徒の前で――」


「オレの邪魔させない為にしたんだろ。してくれたんだよな。気付けなくてごめん」


 スマホの詩音は見たことない。くしゃくしゃの顔で泣いていた。


 そんなに泣いたらオレだって泣きたくなるじゃない。


 オレたちは互いを思いやる気持ちに包まれ泣いた。







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