第35話 顔が見たいんだ。

「こんな遅くにいいよ」


 ビデオトークを切る前に京子は言った。『遅くに』と言ってもまだ6時前だ。外は明るい。


「顔見て話したいから――」


 明日じゃダメな気がした。それでも心配掛けたくないから、


「気をつけて行くから」

「―わかったよぉ」


 家族にも心配掛けるから陽茉ひまちゃんの部屋をノックして、

「ちょっと出掛ける」


 それだけ言って飛び出した。計画性のない行動。会って何を言うか決まってない。


 だけど全部決まってから行動じゃ『』後になってしまわないか焦った。


 勝手なもんだ。昼間は咲乃とベロチュー寸前まで行っておきながら何慌ててんだ、そう言われると『ぐうの音』も出ない。


『ぐうの音』って、なんだ、どんな音?


 いや、今いいや。なんだろこの書き手の習性は。普段平気で使っている言葉の意味や語源、どんな漢字なのか妙に気になる。


 オレは信号待ちの間に調べる。


『息が詰まったときの音を表す』か。なるほど。意味は少しも言い訳出来ない状態。


 なるほど、ちょっと満足――いや違う!!満足してる場合ではない。


 今何しに行こうとしてるか考えろ、オレ。


 付き合ってたぶんはじめてのケンカ。ケンカの原因はオレだ。1つじゃない。


 親友の京順けいじゅんの頼みだからと、バイトする十分な説明を京子にしたか。


 その日その日に電話だけしとけばいい、そう思ってなかったか。


 自分に置き換えろ。もし京子が親友の頼みで誰かの『仮カノ』になるって言ったら?


 きっと落ち着かない週末を送ってる。


 京子がホントに好きになったら。相手に好きになられたら。『好き』って言われたらどんな顔すんだろ、とか。


 そう考えただけでのたうち回る衝動。ここが部屋ならローリング『のたうち』案件だ。


『筋が通った』説明だからって、何でもかんでもは駄目だ。そのことに気付くと変な汗が流れ出す。


 京順が陽茉ちゃんの時にしてくれたことを返すのと、京子に我慢させても構わないってことは同一線じゃダメだ。


 混同していた。


 京順は京順で大事だし、京子は京子で大切だ。当たり前だけど、当たり前に出来てない。


 オレはペダルをこぐ足を止めた。


 つまりはオレがさっき考えたこと、京子がもし『仮カノ』になったらという妄想。妄想だけで十分息苦しいのに。


 京子自身はオレが『仮カレ』になっていることで現実になっているんだ。


 経験している。息苦しさを味わっているのかも知れない。


 そのことを考えたら京子が怒ったりキレたりしたとしても、不思議はない。むしろ自然だ。


 オレは完全に冷静になった。












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