第30話

「さあ、何処に行こうか?本屋がいいか?それとも洋服でも見に行くか?何を着てもキリは可愛いが、フワフワした洋服なんてどうだろうか……あ、でもカップルでカフェに行くというのも捨てがたいな。何しろ恋人だから」

 

 

 ……何だかレルフィード様のデレが止まらない。

 

 

 私が仕事をしている時も周りをチョロチョロしており、仕事がない時はそれこそべったりと私の側にいるのである。

 

 なまじキッチリ自分の仕事を済ませているだけにたちが悪い。

 

 その上、シャリラさんやジオンさんに、

 

「キリがな、もう可愛くて可愛くて……先日も私が掃除を手伝った時に、照れ臭そうに『ありがとうございます』って言ってくれたんだが、あれだな、キリは声も音楽のように耳に心地いいんだ。いや2人も勿論知っていると思うが」

 

 などと普段より口数が増えて、やたらと褒めちぎってくる。──わざわざ私が食堂で働いている所で。

 手伝ってくれたら御礼ぐらい言いますよそりゃ。

 社会人ですよこちとら。

 

「お、おう、そうか」

 

「……宜しかったですわね」

 

 シャリラさんたちもこんなハイテンションで語るレルフィード様が物珍しく、最初は楽しそうに聞いていた。


 だが、ほっとくといつまでも終わらない。

 

 キリの手は柔らかいだの料理が上手だの髪がさらさらで綺麗だの、目が宝石のようにキラキラして美しいだの、果ては可愛いしか褒め言葉が見つからないから何か別の褒め言葉を考えてくれないかだのと恋愛ボケした10代のような事を言い出してくるので、段々と鬱陶しくなったのだろう。この頃は返事がおざなりになって来た。聞き流すのが上手くなったと言うべきか。

 

 私だって、恋人が仕事場に来て耳が痒くなるような自分への褒め言葉を聞かされるのは辛い。

 

 と言うかせめて2人の時にお願いしたい。

 2人の時でも恥ずかしいが、少なくとも自分だけで完結できる。

 

 厨房の兄さんたちの生温い眼差しも、食堂でもりもりと食事をしているお城で働く老若男女の皆様の魔王さまがんばれー、みたいな応援の眼差しも仕事がやりづらい事この上ない。

 

 

 この上ないのだが。

 

 

 174年も生きてきてこんなバカップルめいた事をするのが初めてだと言われたら、強く出られる訳もなく。

 

 だって、私が2回平均寿命で生きたとして、それ以上の長い時間を恋愛のレの字も経験してないとか、涙が出そうだったんだもの。こんなイケメンの魔王さまが。

 

 好きなようにさせてやりたいではないか。

 

 

「……フィー」

 

「ん?」

 

「今日の仕事はもう終わりですから、町で本屋さん覗いて、フィーの洋服でも見て、カフェでお茶しましょう。私はこの間服を買ったので」

 

「え?……いやあの、そんなに1度にしてしまってもいいのか?私の幸運を一気に使ってしまうんじゃないか?

 いいんだ、そんな私に合わせてくれなくても」

 

 頬を赤らめて手をぶんぶん振るが、普通のデートは大概1度にするようなことばかりである。

 

 私ごときとのデートでこんなに喜んでしまうなんて、この国の魔王さまの恋愛スキルは一体どうなっているのか。まあ仕方ない、基本的に外に出るのを出来る限り避けていた人なのだ。

 

「……私は1度にやりたいけど、フィーが嫌なら──」

 

「いやそんなことはないっ!むしろやりたい!

 こちらから頼みたい!早速町に行こう!」

 

 食い気味に返すと私の手を握り、

 

「じゃ、ちょっと出掛けてくる。後はよろしく」

 

 とジオンさんたちに声をかけると歩き出した。

 

「いってらっしゃいませ。お気をつけて」

 

「キリを困らせるなよ~」

 

 笑顔で見送られながら町へ行くため城を出た。

 

 

 暫く無言で考え事をしているようだったが、少ししてレルフィード様は納得行かないような顔をして、

 

「……私はキリを困らせるような事をしているか?」

 

 と心配そうに聞いてきた。

 

 目眩がするほどのイケメンにお姫様のような扱いをされている事そのものが、モテたことがない私を居たたまれない気持ちにさせているのだとはちょっと言えない。

 

「……いいえ?あ、レルフィード様、今日は手を繋ぐのではなく、腕を組むと言うのはどうですか?」

 

 などと誤魔化してそっと腕を組んでみた。

 

「なっ……だからキリは何でいきなりそんな密着度が高いハイスキルを求めるんだっ」

 

 耳まで赤くした174歳にハイスキル言われても。

 むしろ手を繋ぐ方が密着度が高いんじゃないかな? 手を繋ぐなんて地肌同士なんだけどなあ。

 

「えーと、それじゃ、手を繋ぐ方に戻しますか?」

 

 腕から手を離そうとしてガシッと掴んで元の位置に戻された。

 

「いや、このままでいい。腕を組むと言うのは、何だかとても親密な気がするな。キリが近いし」

 

 ニコニコと楽しそうに歩くレルフィード様を見ていると、カップルというより保護者のような気持ちが湧いてきたりするのだけど、嬉しそうだから私も嬉しい。

 

「レルフィード様、私たちは恋人同士ですから親密ではないですか。……違いますか?」

 

「いや、違わない。でももう少し砕けた口調がいい」

 

 

 あー。自分でも直そうとしてるのに、油断するとすぐ偉い人への言葉遣いになってしまう。

 

 何たって150歳近く年上なんだもの。

 超年の差カップルよ本当に。

 

 でも、……少しは甘えたりした方が嬉しいのかな?

 頑張れ私。消え去れ理性、降臨しろラブの天使よ。

 

「……ごめんねフィー。なかなか慣れなくて。

 私のこと、嫌いにならないでね?」

 

 ぎゅっと腕を掴んですりすりしながら、流石に27歳の自分にはかなり痛々しい真似をして見上げてみた。

 服で隠れているがサブいぼ出てるぞ私。

 

「…………っっ……キリが可愛い……なんでこんなに可愛いのか……可愛すぎて胸が苦しい……」

 

 レルフィード様はもう片方の手で顔を覆いながらブツブツ言っていたので、痛い扱いはされなかったようだが、この程度のアピール(それも丸まっちい私で)で顔を真っ赤にするのは、魔王さまとしてちょっとどうかと言う気がしなくもない。

 

 私も恋愛初心者だが、レルフィード様を見ていると自分が百戦錬磨の強者のような気持ちになる。

 

 

 残念ながら、乙女レベルはレルフィード様の方が確実に上である。

 

 

 

 

 

 

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