第18話
(…………ふむ)
本日は休日なり。
そして、今回もまた魔王様が一緒である。
先日、私がいつでも練習台になるから、少し人との距離感や女性へのアプローチを勉強しましょうと言ったのを覚えていてくれたようだ。
私も勢いで言ったはいいが、自分にろくな経験値もないのによくぞほざいたもんだと自室に戻ってから頭を抱えて反省した。さらりと忘れてくれないかな~、と願っていたのにしっかり覚えていたわね魔王様。
明らかにモテない容姿なのは分かるだろうに。
いや、それだけレルフィード様のコミュ障が切羽詰まっているという見方も出来る。もう正確な判断すらも覚束なくなっているのではなかろうか。
勝手にこちらの世界に連れて来られはしたが、同じ時間の同じ場所に帰してくれる(これは魔力の消費量が高すぎて、魔王様にしか使えないらしい)らしいし、悪い人ではない。魔族の国を治めているのにコミュ障とかだと治世に影響するのではなかろうか。
本人がこれだけ頑張ろうとしているのだ。かなり深刻なんだろう。
3人兄弟の長女として育った人間としては、世話好きの血が騒ぐ。
何とか魔王様をコミュ障からせめてかなりシャイ、位に緩いシフトチェンジを図れたら、もう少しレルフィード様も楽になるだろう。
しかし、メインの目的は町に出て本を買うだけだというのに、この人はなんでこんなにご機嫌なのだろうか。
あれか。早くコミュ障治してモテモテになろうという前向きな感じか。
私は横目でレルフィード様を窺う。
余り喜怒哀楽を表に出さないタイプのようで、パッと見は不機嫌そうに見えるが、口の端が少し上がっている。
私の歩く速度に合わせてゆっくりめに歩いてくれているが、何故か本日も手を繋いでいる。
デートは毎回手を繋ぐ訳ではないと思うが、まあいい。覚えた事は常に実践しようとするのは良いことだ。
やる気に満ち溢れたレルフィード様の横顔を見ていると、
「何というか本当にイケメンさんとデートしているようで少々気恥ずかしいんですが」
と内心で思っているとは言いづらい。
ここは指南役として【忍】の一文字で耐えるしかあるまい。
「……キリ、私も本を選ぶつもりなので、ゆっくり選んで構わないぞ」
15分ほど世間話をしながら歩き、本屋の前にたどり着くと、レルフィード様が私を見ながら話しかけた。
「あ、ちょっと先に中で選びながらお待ち願えますか?私はシャリラ様に頼まれた小物を買ってから参りますので」
私は頭を下げた。
「……そうか。私も付き合おうか?」
「いえっ!本当にすぐですのでっ!」
幾らなんでも下着選びに付き合わせる訳にはいかない。シャリラさんに地味な下着を買いたいと先日打ち明けて、ようやく教えてもらったのだ。
説得するまで大変だったけど。
「私たちの国では派手こそ正義なのだけど……ほら、迷子になっても見つけやすいとか、子供ってキラキラした華やかな色の方が好きじゃない?」
「だから人間の27は十分大人なんです。むしろおばさん呼ばわりへのカウントダウンなんですってば。魔族の幼子と同列にしないで下さい」
「だからって、ジジババが着るようなベージュとか白とかグレーとかの下着でなくても良いじゃないの。可愛いじゃない、このピンクの花柄のとか」
私が買ったばかりの下着を見せて切々と訴えても不思議そうにするばかりだ。
「花柄も嫌いじゃないですよ、下の布地が黒ラメとかゴールドとか緑や紫の葉っぱとかがついた奴でなければですけどね。こんな柄なんて水着ですら着たことないんですから居たたまれないんです。
モノトーン最高、地味すなわち落ち着き。私は下着にチャレンジは不要なタイプです」
押し問答の末に渋々教えてくれたのが本屋からも近いバー様たち御用達の下着屋さんであった。
レルフィード様と別れてその年寄り御用達の店に入った時の私の心の底からの安心感といったらなかった。
黒、白、ベージュ、チャコールと目に優しい色が並ぶ下着コーナー。
レースも少なめ、模様もシンプル。
そしてお値段も大変リーズナブル。
思わず興奮して10枚ぐらいのパンティとブラジャーを購入し、トレーナーの上下のような寝間着に丁度いいタイプの部屋着も2着併せてついでに買ってしまった。
これで当面は困らない。
ホクホクとなりながら外へ出ようとしたら、壁に飾られているシンプルな紋章のようなワンポイントの入ったダークグレーのマフラーが目に入った。
とても触り心地がよくてぬくそうだ。
お値段も今日買った下着がもう一揃え買えてしまいそうな金額だったが、割と戸外は冷えるし、外に出る練習をするレルフィード様にプレゼントするのはなかなか良い案ではなかろうか。
レルフィード様の外出着もそんなに派手派手しい色合いは無かったし、何にでも合いそうな色合いだ。
ちょっと迷ったが、相場はよく分からないけどバイト料もかなり多めにくれている気がするので、御礼の意味も込めて買ってみた。
本屋に戻ると、何故かレルフィード様が表でうろうろしており、私を認めて安心したような顔をした。
「キリ!迷子になったかと心配したぞ」
ちょっと強い口調で叱られた。あーレルフィード様もシャリラさんたちと同じ感覚なのねと苦笑した。
「ですから私はもういい大人なんですよレルフィード様。シャリラ様といいジオン様といい、皆さん魔族感覚で子供扱いされるんですから」
「……子供とは思ってないが、町に来るのは2度目だろう?そんなに歩き回ってもいなかったしな。迷う事もあるだろう?」
私が本屋に入って何冊か興味のある本を選んでいる間も、弁解するように告げるレルフィード様に、ああ大人として心配していたのかと思い、やっぱりこの人って目付きも鋭いし軍人のような厳めしい顔つきだけど、優しいんだなぁと改めて思った。
「ご心配頂きありがとうございます。これからレルフィード様と練習で何度かお出かけさせて頂く間に、町のお店とかの場所も把握して迷わないようにしますね」
ニコニコと笑顔で答えると、
「……何度か、…………ああ、そうだな!沢山歩き回れば覚えると思う。私も教えられるから、出来たら、なるべくその、休みは町に来よう」
とコクコク頷いていた。
相変わらずたまにしか視線は交わらないが、かけてくれる声はとても優しい。コミュ障なせいで不器用な感じではあるが、思いやりもあるし、少し頑張ればすぐ女性がいくらでも寄ってくるような気がする。
何しろこんな美人度も低い丸まっちい女にこんな台詞が自然に出る位だ。中身は紳士と言ってもいいだろう。
(……レルフィード様、早くモテモテになれるように私も及ばずながら出来る限りサポートしますね)
私は改めて長女魂が燃え上がるのを感じた。
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