父神が俺に与えたスキルは消しゴム(文房具)だった

青峰輝楽

第1話

 この世界から『人間の男』が消え始めて約数百年になるという。原因は不明。まぁとにかく、どんな対処をしても、出生率自体が落ち込み、男の赤ん坊が殆ど生まれなくなったという現実を、当時、人類は嫌でも受け入れるしかなかった訳だ。


 そこで、争いが勃発した。適齢期を迎えても相手になる男が殆どいない世界で、女達はどうしたか? 冷凍保存された精子を手に入れようと、世界各地の研究所を襲い始めた。その結果はどうなったか? 杜撰に扱われた貴重な精子の五割方は駄目になってしまった。残りの五割は、ちゃんとした知識を持った医師の手で人工授精が行われ、赤ん坊が生まれた。但し、生まれた子どもの殆どはやはり女の子だった。






 その後、世界は大雑把に言って、アスタニア、エスターナ、ウルギアムの三大連合国家に分かれ、その力はほぼ拮抗していた。


 アスタニアは科学国家で、クローン技術により男性を『生産』する事に成功した。但し、この男性達の生殖能力は弱く、人権は与えられているものの、国家に管理され、婚姻に関する自由もないという。


 対して、エスターナは、魔道国家として歩を進めた。元々、男子消滅の危機を迎えるまで、この世界には魔道の発展は全くなく、概念として存在はしていたものの、単なる想像上の力とされ、真面目に研究しようなどと口にでもしたら嘲笑の的になる程だったらしい。

 ところが、原因不明の男子消滅が起こり始めてから、それまでの科学一辺倒だった世界観からは説明のつかない、不思議な能力を持った女子が生まれ始めた。その能力とは、『交神』。神――人間の上位の存在であり、科学では説明のつかない様々な能力を持ち、空間を自由自在に行き来する。愛情深い神もいれば、残酷で我が儘な神もいる。力の強い神も弱い神もいる。そうした神々は、世界が生まれた時から存在して、影から人間世界に様々な干渉をしていたらしいのだが、これまで、ごく僅かな……数百年に一人生まれるかどうかという……人間としか直接交渉をする事が出来なかった。ところが、男子減少を皮切りに、神を見、神と話すという、他の人間には到底不可能な事をやってのける女子が、エスターナに次々と誕生し始めたのだ。

 それでも、男子が生まれない、という問題は、他の地域と変わりはなかった。そこでエスターナの女性がとった選択肢は、『神の子を産む』というものだった。子どもは『半神』と呼ばれた。そして、『半神』は、人間とは逆に、殆どが男子だったのだ。見かけは普通の人間と変わりない。但し、親である神の力を借りて使う事が出来る、生まれながらの魔道士だった。この、魔道士の力によって、エスターナは魔道国家として大きな発展を遂げた。


 ウルギアムは謎の国である。アスタニアとエスターナは、余りにも異なる国家の性質上、争うのは得策ではないとの考えから、『友好不干渉』の立場でいる。しかしウルギアムは、二国に、『対立』の姿勢である。大規模な戦闘はここ数十年行われていないものの、国境での小競り合いは頻発している。また、ウルギアムで男子がどのように生まれるかは不明だ。兵士は皆顔を隠していて、男女の見分けはつかない。一説によると、アスタニアやエスターナに工作員が潜入してきて、男子を攫ってゆくと囁かれている。攫われた男子は、神のように崇め立てられ、神殿で女性を侍らせて暮らしているとかいないとか。






 さて、前置きが長くなっちまったが、俺――名をアスラン・レイ、15歳男子――は、エスターナの国民であり、半神である。半神というと何だか偉そうに聞こえるかも知れないが、今やエスターナの国民の約半数は半神である。つまり、どこにでもいるフツーの市民なのだ。


 今のこの国は、半神である男子と、人間の女子で占められている。人間、と言っても、少しは神の血が混ざっている。半神が生まれ始めた頃、エスターナの純粋な人間の女性は、神の子を授かるか、もしくは見た目人間と変わらない半神の男と結婚するか、という二つの選択肢のどちらかを採らなければならなかった。そして、半神と結婚した女性が産んだ子どもは、殆ど女子で、母親と同じ力だけを持っていたって訳だ。


 女子は皆平等で、自分の適性を自分で判断して努力して伸ばし、それに応じた職につく事が出来る。だけど半神は……持って生まれた魔法の力、つまり父親にあたる神から受け継いだ力によって、将来がある程度決まってしまう。子どものうちは、それがどんな力か分からない。15歳の誕生日に、半神は皆、魔法学校に入学するが、その時に魔法力審査を受けて初めて、自分の力を知るのだ。そして今日は俺の15歳の誕生日……国から支給されたぱりっぱりの制服を身につけた俺は、結構緊張していた。


「お、なかなかサマになってんじゃん! 頑張ってきな!」


 母さんは笑ってそんな俺の背中をばんと叩く。母さんは南部支部軍事総長の書記官……つまり軍のエリートと言っていい。魔法力審査の日まで、母親は子どもに、どんな神が父親にあたるのか、決して教えてはならない決まりなので、母さんも教えてくれてはいないが、こんな結構な地位にいるのだからきっと上位の神なのだろうと、ガキの頃から俺は疑わずに期待し続けてきた。そしていよいよ今日、それが判る。上位神と言っても色々あるが、出来れば戦闘能力が高いといいな。






「よう、アスラン! いよいよ今日だな」


 街路を歩いていると、後ろから声と共にがしっと頭を掴まれる。悪友のエルクだ。こいつも俺と同じ誕生日。神から子を授かるのは年に4回の決められた日だけなので、同じ歳の半神の四分の一は、誕生日が同じなのだ。


「痛って。おう、楽しみだ」


「おまえはいいよなぁ。俺んちなんか母ちゃんは民間企業勤務だもんな。まあ、贅沢は言えねぇけど」


 半神は皆、母親一人に育てられる。だから母親には頭が上がらない。






 いよいよエスターナ国立魔法学校の門が見えてきた。俺たちはどきどきしながら受付で手続きをする。


「エルク・クライン。あなたは第一ホールへこのバッジをつけて進んで下さい。アスラン・レイ、あなたはこちらです。第十二ホール。このバッジをどうぞ」


 ……第十二? 数字に意味があると聞いた訳じゃないが、何だか第一に比べるとやけに下のイメージだ。いやしかし、たまたまなんだろう。だけど、このバッジの形はなんだ? どう見てもこれって……。






「やあ、栄光ある十二組へようこそ。ボクは担任のイサム・オカダだ。よろしく」


 白い歯をきらっと光らせるイケメンが爽やかな挨拶をした。広いホールには、何故か十人程しか新入生の姿がない。つぅか、審査は?


「みんな、不思議そうな顔をしてるね、アハハ。能力値審査はこれからだが、種別審査は実は、書類審査で既に終わっているんだ」


 えっ? じゃあもう、適性は判っているのかよ? だけど周りにいるのはやけにひょろっちい奴ばかりで、どうも戦闘向きには見えない。それにこのバッジ……まさか……。




「君らの能力は『文房具』だ。十二組は歴史ある、文官輩出クラスだ。頑張ってくれたまえ」




 イケメンのいい声がホールに響き渡った……。


 文房具の魔法……要らなすぎる。文房具使った方が早ぇだろ!! がっくりと膝をつく俺の胸元で、鉛筆のマークのバッジがきらりと光った。




「アスラン、君の父神は『消しゴム』だ」




 そんな俺の前に来たイケメンは、追い打ちをかけるようににこやかにそう言った。






 ……俺ってなんな訳? 父親が消しゴムってなに? それおいしいの? ちょお、マジで意味わかんねんすけど!


 前線で火炎魔法なんか使って華々しく活躍する姿……ガキの頃から描いていた俺の夢はまさしく消しゴムでこすられたように一瞬で消えた。代わりに浮かぶのは、薄暗い事務室で、掌から魔法を出して、誤字をせっせと消す侘びしいおっさんになった俺。


「まあそうがっかりするな。能力をどう使いこなすかは君次第だ」


 イケメンの慰めなんかいらねぇ。急に立ち直れる訳もねぇ。






 その時だった。けたたましいサイレンがホールに鳴り響いた。


『緊急事態発生! 全職員・学生は速やかに避難せよ! 敵襲! 危険レベルB!』


 周囲の生徒はおろおろしながら騒ぎ出す。イケメンの顔つきが変わり、


「みんな、すぐに避難場所に向かうぞ!」


 と叫んだ。


「え? 敵襲って何すか。まさかウルギアムがこんな所に?」


「いいや違う。これは、一般には固く伏せられている事だが、実は我が国には、人間と親密に関わる神々を憎む悪神達が時折襲撃してくるのだ。彼らはどこにでも現れるが、一般市民を巻き込まないよう、この魔法学園の結界の中へ彼らを呼び込む。そして一級魔道士達が相手をするのだ。我々一般の教師や生徒はとても歯が立たないから、守護結界の張られた体育館で待機する」


 ……何それ。初めて聞いたんすけど。でもカッケェな、くそっ! 悪神と闘う一級魔道士? それこそ俺がなりたかった姿だ。しかし現実の俺は、ただの消しゴムだ。


『追加伝達! 一体の悪神が結界を破り、校内に侵入している! 第12ホールに残っている者は直ちに避難せよ!』


 第12ホール……って、ええっ?! それってここじゃないかぁ!


 ばぁんとホールの扉が吹っ飛ぶ。煙と共に入ってきたのは、まさに映画で見た事あるような竜のような形の生き物。でかい鈎爪、でかい牙。


「しまった! みんな、早く!」


 イケメンの誘導に、みんなは慌てて後ろの扉へ向かって走り出す。俺も勿論続いた。あんな化けモンに勝てる訳がねぇ。






 っと。一人のメガネが、ホールの真ん中で腰を抜かしてしゃがみ込んでいる。おいおいおい! ベタ過ぎんだろ、この展開! 俺以外誰も、その状況に気付いていない。


「ええい、何とかならぁ!」


 俺はメガネに駆け寄り、襟首を掴んで立たせる。怪物は地響きを立てながらこっちへ向かってくるが、幸い足取りはゆっくりしていた。


「走るんだよ、早く!」


 俺はメガネを急き立て、ようやくそいつも我に返ってみんなの後を追いだした。ほっ。寝覚めの悪い思いをしなくて済んだぜ。後は逃げるだけ……って、え?


 怪物は足を止めた。それはいいのだが、口の中から何かを吐き出そうとしている。


「嘘だろ、おい!」


 怪物は、最後尾の俺とメガネに向かって、火の玉を吐き出そうとしていたのだ。


(母さん、ゴメン……)


 今日は最高の日になる筈だったのになんて話だ。父親が消しゴムと知り、次には焼かれて死ぬなんて。


(くそっ。こんな冗談、全部消えてなくなっちまえばいいのに!!)


 そう思った瞬間には、火球が俺の全身を軽く包み込んでいた。






「息子さんは、12等級の特Sレベルです。これは学校始まって以来初の事です」


 誰かの話し声が聞こえる。あれ……俺、死んでない。どこも痛くもない。俺が目を開けると、医務室みたいな部屋で、母さんとイケメン教師が立っていた。


「やあアスラン、気付いたね」


「これって……」


「済まないね。あのホールに入った瞬間から、君の能力値審査は始まっていたんだ。僕以外の生徒は皆、僕が作った幻影だ。悪神もね」


「え。じゃあ、全部嘘?」


「いや、君にした説明は全て真実だ。悪神の事も、それから……」


「アンタの父神が消しゴム神だって事もね」


 イケメンが濁した言葉を継いだのは母さんだ。


「ちょ……なんでそんなヤツを選んだんだよっ? なんで消しゴム?!」


「消しゴムったって、イケメンだったのよぉ。優しくって……あの時あたし仕事で落ち込んでたんだけど、『俺が君の悩みを全部消してやる』って言ってくれて……」


 頬を染める母。いや神のそんな口説き文句聞きたくねぇし!


「まあ待ちなさい、アスラン。君の能力は確かに消しゴムだが、実は能力というのはただ単にその物質の力には限らない。現実の消しゴムは書かれた物を消す事しか出来ないが、消しゴム神の……というか、本当の名はまだ君は知る事は出来ないのだが、君の父神の力は偉大だ。父神の力は『消去』。消しゴムはそのほんの一端の力に過ぎない。我々は審査で、君の力がEなら何も出来ず、B~Cならあの火球を消す、Aなら幻影の悪神を消してみせるだろうと踏んでいた。ところが君は、なんと、あの審査そのものを消してしまった。時間すら消してしまい、今はまだ皆、受付している所なんだ。これは間違いなく特Sクラス……今の段階で数年に一人の逸材、磨けば歴史に残る一級魔道士になれる!」


「ええっ! マジっすか!」


 消しゴムにそんな力があったとは! バカにしてすまん、父神!


「じゃあ、俺、審査で特別クラスに?」


 審査の内容は全く知らされていなかった俺たちだが、特別な能力が認められたS級の者は、特別クラスに入り、エリートコース一直線だという噂は聞いていた。


 だが、イケメンと母さんは微妙な表情で黙っている。


「え? 違うの?」


「アスラン君……さっきも言ったけど、君は審査そのものを消してしまった。審査員である僕と保護者のお母さん、それ以外の記憶からあの出来事は消えてしまった。だから、君はもう一度審査を受けなければならない。そして、言いにくいんだけど、君たちのように、魔法の使用法を学んでいない段階では、自分の意志でそれを使う事は出来ない。だから審査では、極限状況に追い込んで、その力の暴発を見る訳だが、仕組みを知ってしまった君はもう、同じ事をしても同じようには出来ないだろう」


「……つまり?」


「恐らく魔法は発動しない。きみはE判定……最下位クラスから出発する事になるだろう」






「元気出せよ、アスラン。学期末審査でいい成績を出した奴はクラスを上がれるっていうじゃないか」


 エルクが帰途、足取りの重い俺を一生懸命慰めようとしている。こいつは第一級のB判定。級というのは、基本能力の種別で分けられる。即戦力になるかどうか。こいつの父神は重火器。まさに戦闘一級魔道士にぴったしだ。


「って言ってもよ……Eだと、授業内容からして別物らしいじゃねーか。上がれる奴なんて殆どいないとか」


 幻の審査の事は、固く口止めされている。今の俺はただの落ちこぼれ……。


「始まってもいないのに、らしくねーぜ。あ、それに、12Eには女子がいるらしい、って噂だぜ?」


「ふーん」


 半神の殆どは男だが、稀に女もいる。注目度は嫌でも上がる。それなのにEなんて、可哀相な奴だな。そんな感想しか浮かばない。


「元気出してくれよ~」


「そうだな」


 俺は顔を上げた。うだうだ考えたって、判定は覆らない。だけど俺は、幻の特Sなのだ。そのうち、学園のヒーローになれる可能性を秘めている。イケメンだってそう言っていた。


「よし、やってやる!」


「おお、さすがアスラン!」


 第一級魔道士、『消去者イレイサー』アスラン、その通った後には敵の痕跡さえ残らない……そう囁かれる大魔道士に俺はなる。


 俺の学園生活は、これからだ。

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父神が俺に与えたスキルは消しゴム(文房具)だった 青峰輝楽 @kira2016

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