漂流図書館の経営術!
終末禁忌金庫
第1話 プロローグ
蝋燭の炎にかたどられた影がゆらりと揺れた。それで、この辺鄙の地に誰かが訪れたんだなと気付いた。蝋燭をつけねばならないような時間に、蝋燭をつけるような作業をしている者の下を訪れる人間は、その蝋燭を切らすことなく与え続けてくれるその人だ。彼女の手にも、凝った意匠の燭台が握られ、こうこうと光を放っている。
蜜蝋製の蝋燭は、獣脂のそれに比べて多少高価で、それを灯し続けられる者は限られている。なにせ、蝋燭一本でパンひとつと同じ銅貨を要求されるのだから、ふつうであれば誰しもパンを手に取るだろう。
ということは、日ごろ、飢えに苦しむことはなく、その上、蝋燭に資金を投じられるだけの富裕層、ということになる。
「蝋燭だって、タダじゃないの。成果を急ぎなさい」
甲高い声で小生意気に顎をしゃくる少女に対して、僕は目礼だけで応える。
ふん、と鼻を鳴らしていかにも不機嫌そうな様子だが、僕は彼女の機嫌の良いところを見たことがないから、あれが通常運行だと認識している。より正確を期すなら、ここ数年は見たことがない。まだ彼女が歩くのもやっとという年の頃には、よく父親の腕の中でころころ笑っていたのを思い出す。
それを引き合いに出せば、彼女のこんな態度もとたんにほほえましく、ともすれば、口の端に笑みをたたえたくもなるのだが、そんな考えが露見してしまえば、ただでさえ急こう配の眉が垂直に向いてしまうかもしれない。
影が再び揺らいだのを見て、彼女が踵を返したのだと分かる。ここの床は、足音の鳴らないのはよいが、こんな時には心臓に悪い。
彼女が完全に去ったのを確認してから、蝋燭の残りをちらりと見て、僕は再び本に目を落とした。
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