第8話 音

 聡太が下車した駅は人も灯りも全くで、夢列車の通った線路が闇夜に紛れて二つの直線を特別暗く描いている。

 ホームと煤けた小屋のみのその駅からは、東と西の二つの街の明かりが遠くに望むことができ、駅の周辺のみがぽかんと洞穴のような闇を映している。


 聡太は先の自らの行いを恥じながら駅小屋の壊れかけたベンチに座り、次の列車を待っていた。時刻表は見当たらず探すのも面倒だったので、小屋の向こうの景色を眺めるのみである。

 耳を澄ますと虫や蛙の声、蛍光の発光音、風と草花のこすれが聴こえ、静かながらも音に溢れている。その中で一つ、小石が転がる音がした。

 音は一度カラカラと鳴っては止まり、少しするとまたカラカラと鳴りながら此方へ近づく。

 誰かが小石を蹴りながら向かっているのだろう。日常にありふれた音の一つではあるが、聡太の耳は釘付けになった。


カラカラ……カラカラ……


 どこか聞き慣れた音、少年時代からの懐かしさ。小石を蹴る癖、その音が晶によるものだと確信するのに数分と要らなかった。


「晶!」


 聡太は小屋から飛び出し、見渡した。晶がここにいるとして、そのことへの疑問は微塵も浮かばない。それどころか、聡太にはここで晶に会うことが自然であるかのように感じていた。

 晶に謝ることだけが聡太の罪の意識を拭い去る方法だ。その一心で聡太は晶を探す。しかし、晶はいない。この暗闇で如何に目を凝らしてもそのシルエットを目にすることはなかった。


「———当然か。僕には謝る資格すらないのかもしれない。親友を見捨てた男に謝られても、言い訳じみてるもんな……

さっきさ、明子と田崎先生に会ったんだ。二人とも変わってなかった。明子は凛としてて真面目で、田崎先生は相変わらず人を見透かしたような人だった……」


 聡太は無人のホームの真ん中で淡々と呟く。晶が何処かにいて、聞いてくれていると思い込みたかった。しかし、やはり晶の姿はなく、小石の音さえ聞こえない。

 後悔かそれとも再会の懇願か聡太の頬は熱く濡れていた。

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