第41話 第二の謎の証明
しばしの休憩を挟み、全員が再び席に着いたところで第二幕へと突入した。
「第二の謎。新島未翔はなぜ生徒手帳の在り処がわかったのか? この謎の提唱者は氷川。内容は氷川に会ったときに確認してもらった要約バージョンがあるから、それをみんなにも聞いてもらおうと思う。氷川にとっては繰り返しになるが許してくれ」
目線を送って断りを入れてから、手元の用紙に記した文章を読む。
「五月のある日、氷川は家に帰って生徒手帳を紛失したことに気づき、その翌日、休み時間を利用して教室などの思いつく場所を探し回った。だが手帳は見つからず、放課後も探そうとしていたところに、転校してきて間もない未翔が現れた。未翔は一緒に探すと言って候補の場所を訊いてきて、教室、剣道場、図書室と氷川が順番に挙げていったら図書室を選んだ。そのまま強引に図書室へ連れて行かれ、本棚の本と本の隙間から未翔は見事に生徒手帳を見つけた」
ほとんど頭に入っていたおかげで一度もつっかえることなく読み上げられた。
「これ、俺もいろいろ考えてみたんだけどさ、たまたまって気がまったくしないよな。なんていうか、俺の謎は偶然って言われちゃったらそれまでって感じだったけど、氷川さんのこの謎は新島さんが本当に未来人でもなければ不可能だって思うわ」
自分の番が終わって少し肩の荷が下りたのか、会澤が積極的に口を挟んできた。
「今の会澤の意見はすごく重要だ。俺も最初にこの話を聞いたときにそう思ったからな」
「マジで? 俺なんか惜しいこと言った?」
会澤は身を乗り出し、嬉しさと驚きが入り混じった目でこちらを見る。
「まあな。あとはどう考えるかだけだ」
生徒手帳という具体的な物があるために、この第二の謎は考えやすい面もある。
物体は急に瞬間移動したり、消えてなくなったりしない。感情のように気まぐれではないから、そこにあればあるし、なければない。
だが、今回の場合はその性質がむしろ謎を生んでいる。
もし氷川の証言が正しいとするならば、未翔は世界にたった一つしかない氷川の生徒手帳を、世界にたった一つしかない正解の場所から即座に見つけたことになる。
そんなことは不可能だ。そう思ったら次はどう発想を切り替える?
「不可能だと思うなら、可能なパターンを考えればいいんだよ」
俺が言い放つと、会澤はきょとんとして首を傾げた。
「どういう意味?」
「簡単な話だ。感情面は一切考えずに、どうしたらその現象が成立するかだけに注視すればいい。そうすると、すぐに思いつく可能性がある」
俺は指を一本立て、静かに唱える。
「生徒手帳の発見の流れが、すべて未翔の自作自演だったとしたら?」
会澤も笹本も「えっ?」という表情で固まった。
唯一、その可能性に気づいていたであろう氷川だけが、驚きもせずにテーブルの上に組んだ手元を見ていた。その氷川に俺は声をかける。
「前と同じ話になるが答えてくれ。氷川はその日、図書室の本棚の本と本の隙間から未翔が生徒手帳を発見するまでの一部始終を、目を離さずずっと見てたか?」
一瞬の沈黙の後、氷川は首を横に振った。
「となると、こう考えられる。未翔は図書室に行ったときにはすでに氷川の生徒手帳を持っていて、それをあたかも本と本の隙間から見つけたような演技をした。これならば未来人でなくても可能だ」
俺は自信を持って説明したが、納得する者はまだ現れなかった。
これまで真剣に話を聞いて賛同してくれていた笹本も、困ったような顔でみんなの表情を窺った。
「言ってることはわかるんだけど、みんな多分疑問に思ってることは同じだよね? どうして未翔はわざわざそんなことをしたの?」
動いていた視線がこちらに向けられる。会澤と氷川も小さく頷いていた。
笹本たちの疑問は至極真っ当なものだ。すべて未翔の演技だったとしたら、すぐに浮かぶ問いは「どうして?」である。先日、カフェで氷川にこの可能性を提示したときに返ってきたのもその言葉だった。
俺はそれに答えるべく、状況を少しずつ仮定して絞っていった。
「未翔がすでに生徒手帳を持っていたとして、まずはその状態になる展開を考察しよう。まあ素直に考えれば、図書室で見つける演技をする以前に氷川がどこかで手帳を落として、落ちていたそれをたまたま未翔が拾ったと考えるのが妥当な線だ。つまり、本当に落として見つかった場所は別にあるということになる」
発見したのが図書室ではないとなると、どこか新たな候補地を立てなければならない。そうした場合に考えられるのはどういった場所か。
「落とすということは、それなりに氷川がよく訪れたり通ったりするようなところだったはずだ。頻度が多ければ多いほど、そこで落とす可能性は高くなるからな。それからもう一つ、実際に足を運ばなければ見つけることはできないから、その場所は未翔にも縁があるということになる」
「咲さんがよく行ってて、未翔も行くようなところ……」
「ただ、その考え方だけだとなかなか絞りきれないと思う。学校生活で訪れる場所なんてだいたいかぶるからな。別の角度からもアプローチしたほうがいい」
先ほどの条件に加えて、さらにもっと重要と言える条件が残っていた。
「そもそも図書室で見つけたとでっち上げた理由は何か? そうすることで得られる効果をよく考えてほしい」
「それなら一つある」
すぐに返事をしたのは氷川だった。その速さを見るに、もしかしたら先日話した段階でそこまでは考えついていたのかもしれない。
「言ってみてくれ」
そう促すと、氷川は俺が求めていた答えをはっきりと口にした。
「本当に拾った場所を言わなくて済む」
「正解だ。つまり、何らかの理由で未翔はその場所で見つけたことを言いたくなかったわけだ。だから、別の場所で発見する演技をして事実を上書きし、本当に拾った場所を隠蔽した」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
会澤が早くなりすぎた流れを止めるように、俺と氷川の間に手を突き出した。
「えっと、つまり話を整理すると、新島さんは生徒手帳をどこで拾ったか言いたくなかったから、図書室で見つけたことにしたかったってこと?」
「その解釈で合ってる」
「でも、そんな場所ってあるか?」
会澤の問いが、俺と氷川にぶつけられる。だが、氷川は黙ったままだった。おそらくそこまでして隠したい場所というのが彼女には思いつかないのだ。だから、最終的には「どうして?」という疑問に辿り着いてしまう。
けれど、新島未翔という人間について突き詰めて考えると、条件を満たす候補地が一つ浮かび上がってくる。
「言えないってことは、未翔にとって触れられたくない、話題に出したくないってことだ。中学生のときの未翔の性格や言動を振り返れば見えてくる。さっきの第一の謎の話をしたときにも出てきた場所だ」
大きなヒントを与えると、静かにずっと思考を続けていた笹本がはっとなった。
「……告白スポット」
呟くような声で出てきた単語に俺は頷いた。
「告白スポットの場所は体育館の裏、つまり剣道場の前にある。氷川は部活があるから当然頻繁にそこを通っていた。一方で、未翔は転入当初から告白のために何度もそこに呼び出されることがあったはずだ。特に最初の一、二か月は興味本位なものも含めて、かなりの回数告白されていたみたいだからな。ということは、そこに落ちていた生徒手帳を未翔が見つけても不思議ではない」
そのときの未翔の姿を想像しながら、見ていない彼女の過去の行動を推察する。
「手帳を拾って名前を確認し、それが同じクラスの氷川のものであるとわかった。それなら会ったときに直接渡そうとポケットかどこかにしまった。ところが、後になって大きな問題に気がついたんだ。返した際には、必ず『どこにあった?』と訊かれるだろうということに」
それは未翔にとって恐怖の質問だったに違いない。
正直に答えれば、流れ的に告白のことに話が及ぶ。誰に告白されたとか、どんな内容だったとか、根掘り葉掘り訊かれてしまうのは必定だ。もちろん、例外な人もいるが。
「まあ、氷川だったら告白がどうとか深く追求したりはしないだろう。それを未翔がわかっていれば、素直に場所を言って返したかもしれない。だが、前に氷川自身がここで証言していたように、そのときがまともに会話をする最初の場面だった。未翔は氷川のことをよく知らないから、思春期の普通の女子のように色恋沙汰には過剰な反応をされると思ったんだ」
「わたしには想像つかない理由、か」
先日のカフェでの会話を思い出したのか、氷川は呟くように言った後、目を逸らすように伏せながら「そんなに冷たい人間じゃないんだけど」と小さく吐き捨てた。
そんな様子を横目で見ながらも、俺は話を中断することなく進めた。
「とにかく、未翔は正直に拾った場所を教えたくなかった。そのためには嘘をついて別の場所で拾ったと言う必要がある。ところが転校してきたばかりで学校のことをよく把握していない未翔が、ほとんど話したこともない相手の行動パターンを読んで落とした場所をでっち上げるのは大変だった。だから発想を変えて、相手に落とした場所の候補を直接尋ね、そこで発見するふりをすればいいと考えた」
「咲さんが挙げたのって、教室、剣道場、図書室の三つだよね? その中から図書室を選んだのはどうして?」
「それは多分消去法だろうな。まず一番選びそうな教室を外したのは、その日氷川が教室内を散々探して回っている姿を見ていたからだろう。見つけたことにする在り処を氷川が事前にチェックしていた場合、嘘をついたことがバレてしまう。落とした可能性が高いがゆえに氷川の点検も厳しく、それが未翔にとっては選びづらい理由になった」
笹本の疑問に答えていくと、今度は会澤からも質問が飛んできた。
「じゃあ、剣道場はどうなんだ? 防具とか竹刀とかごちゃごちゃと置かれてて、隠す場所には困らなそうだったじゃん」
「でも、転校してきたばかりの未翔にそれがわかったと思うか?」
「あっ、確かに。俺も中に入ったのって中一のときの剣道の授業くらいだったかも」
「そういうことだ。内部の様子を知らなければ選ぶのは難しかっただろう。それに仮になんとなく予想がついたとしても、剣道場に行くってことはどうしたって告白スポットを通ることになる。心理的な面で考えても、そこに近づくのは避けたかったはずだ」
氷川に候補の場所を言われてから、未翔は短い時間で必死に考えたはずだ。
とにかく、早くどこかを選ぶしかない。論理的思考がどこまで働いたかは不明だが、そこはやめておこうというネガティブな要素が出てこなかったのが図書室だったのだと思う。
「悩んだ末に、未翔は唯一残った図書室を選んで氷川と一緒に向かった。着いた後は氷川の目から逃れるようにうまく本棚を死角として利用し、予め隠し持っていた氷川の生徒手帳を本と本の間に挟んだ。そして『あったよ!』と氷川を呼び、あたかも初めからそこにあったような振る舞いをした。これが俺の考える第二の謎の真相だ」
氷川と未翔はこの出来事の後、教室などでもよく話すようになる。
それは未翔が氷川という人間をだんだんと理解していったからに違いない。
この二人の組み合わせが案外うまくいったのは、氷川が未翔の隠したい秘密を一切詮索してこないからだ。普通の女子とは違った冷静で大人びた態度が、未翔にとっては新鮮でありがたく感じられたのだろう。
「どうだ? 何か指摘したいことはあるか?」
俺は全体に問いつつ、伏し目がちに話を聞いていたこの謎の提唱者のほうへ顔を向けた。
考え込む氷川の表情は揺らぐことなく、ただあるはずの真実を見つめようとしているように見えた。
「俺はいいと思ったよ。論理的に考えたらどうとかよくわかんないけどさ、石狩の話す新島さんはいかにも新島さんらしいって感じるんだよね。さっき笹本さんも同じようなこと言ってたけど」
「咲さん、どう? わたしもすごく納得したんだけど」
会澤が感想を述べ、それに続いた笹本が口を閉ざした氷川の顔を覗き込んだ。
「どうだ、氷川? 何か言いたいことがあれば言ってくれ」
俺も改めてもう一度問い直す。そこでようやく氷川は口を開いた。
「特にない。第一の謎と同様、新島の考え方を帰納的に推論して、その導かれた考え方をもとに演繹的に推理しているから、多少の無理があるにしても説得力はある」
「なら、解決ってことでいいな?」
慎重に俺が問うと、彼女はゆっくりと顔をこちらに向けて視線を合わせてきた。
「それで構わない」
俺は胸をなでおろしつつ、小さく首肯した。
「では、これにて第二の謎の証明は完了とする」
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