第28話 ランニングの約束

「いやぁ、ダーツ楽しかった。今度は氷川さんも連れてきてまたやろうな」


 会澤は満足げに笑って、俺の背中をリズムよく叩いてきた。


「上機嫌だな。まあ、当然か。全勝だしな」


 夕暮れの帰り道、俺と会澤は二人で地元の閑静な住宅街を歩いていた。


 結局、俺は会澤にダーツで一度も勝てなかった。悔しくて何度か挑み続けたが、運だけで勝利できるゲームではなかったらしい。


「けど、石狩もかなりセンスあるよ。通えばすぐに追いつかれそう。笹本さんも最後のほうはうまかったし」


 会澤は今日のハイライトを思い出すように呟いた後、再びこちらを向いた。


「そういえば、笹本さん結構忙しそうだったね。卒業制作展の準備、だっけ?」


「ああ、言ってたな、そんなこと」


 ダーツバーを出るとき、このあとどうしようかという話になった。どこかでちょっと時間を潰せば夕飯の時刻になると会澤は考えていたようだが、笹本はすぐに帰らなければならないと急いで去ってしまった。


 なし崩し的に俺と会澤は二人になって、また機会はあるだろうから、と今日はこのまま解散することに決めた。


「やっぱりみんな忙しいんだよね。石狩は本当に平気? 迷惑じゃない?」


「大丈夫だ。会澤のほうこそ仕事あるだろ?」


 俺が間髪入れずに問うと、薄っすらと笑った会澤は力なく首を横に振った。


「あんなの、あるうちに入らないよ」


 自嘲する会澤を眼前にして、なぜか俺は少しだけ腹が立った。


「普段どんなことをやってるか知らんが、仕事は仕事だ。お金だって稼いでるんだし、そんなに蔑まなくたっていいだろ」


 すると、会澤は「今はね」と返事をし、顔を上げて進む道の先を見つめた。


「でも、これから先は行き止まりだ。石狩みたいに頭良い奴じゃなきゃ生き残れない」


 会澤はこちらを見ていない。何も見えていないのだ。


 だから、そんなことが言える。


「俺だって……」


 同じようにして歩く道の進行方向を捉えようとする。景色が揺れ、思わず心の声が漏れそうになった。


 だが、それがはっきりと言葉になる前に会澤の主張が始まった。


「俺のやってる仕事は多分もうなくなるんだ。ほら、AIだよ。俺ができるようなことは全部AIに奪われちゃうわけ。でも、そのほうがいいに決まってるわ。だって、AIってめっちゃ頭良いだろ? 俺なんかよりAIのほうが絶対役に立つもんな」


「なあ、会澤」


 捨て鉢になってまくし立てる様子を見て、冷静になった俺は一言問いを挟んだ。


「AIってなんの略か知ってるか?」


 その瞬間、会澤は意表を突かれた顔をした。しかしながら、すぐに吐き捨てるように反論してきた。


「そんなのはどうだっていいんだよ!」


 そう訴える強い目に、俺は視線を逸らして前を向いた。


「まあ、確かにどうだっていいな」


 歩くスピードは変わらないまま、そこで会話が途切れてしまった。


 このまま沈黙が続くかと思ったが、またすぐに会澤のほうから話題を提供してきた。


「そういや、最近夜ランニングしてるんだよね」


 会澤は少しだけ誇らしげに笑った。


「これから仕事だってどうなるかわからないし、とりあえず体鍛えとかなきゃって。俺はそれぐらいしかできないからさ」


「どの辺走ってるんだ?」


「仕事が終わって家で飯食ってからだからそんなに遠くじゃないよ。中学校の近くの俺たちが溜まり場にしてた神社の辺りとか」


「あぁ、あっちのほうか。最近、全然行かなくなったな」


「駅から離れてるしね。用がなくちゃ行かないよ」


 会澤は俺の呟きに同意した後、突然何か良いことを思いついたように「そうだ」と嬉しそうな顔になった。


「今度一緒に走らない? 俺は平日の夜はだいたい暇だから、石狩が参加したいときに言ってくれれば時間を調整するよ。なんだったら道具も貸すし、飲み物だっておごるからさ」


 誰かと走ることは滅多にないのか、会澤は相当乗り気なようだった。


「わかった。近いうちにな」


 積極的に走りたいとは思わなかったが、この場で拒絶する理由も特に見当たらなかった。


「おっ、いいの? サンキュー。いつでも待ってるぜ」


 俺の返事を聞くと、会澤は元気に溢れた少年のようなグッドサインで応えた。


 夕陽が沈む時間帯に会澤とともに家路につく。また会う約束もした。


 なんだか、中学生時代を思い出す。そもそも成人式で会澤たちと会ってから、中学のときのことを振り返ってばかりだ。懐かしさにずっととらわれている。


 俺は先ほどの会話の最中に思ったことを、もう一度心の中でぼんやりと繰り返した。


 ――最近、中学校のほう、全然行かなくなったな。

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