第24話 林間学校二日目夜(キャンプファイヤー 打ち上げ花火)
全体でのダンスが終わると、生徒たちは大きなグラウンドの各所に散らばった。中心で燃える炎の明かりに照らされつつ、キャンプファイヤーの閉会式までの自由時間を踊ったり騒いだりして悠々自適に過ごした。
俺の隣には笹本がいた。二人で並んで座って、夜の真ん中で燦然と輝く火の光のほうを眺めていた。
俺ら二人から少し離れたところには氷川が立っていた。やれやれといった表情で腕を組み、炎の周りではしゃぐ集団を遠巻きに見つめていた。
そして、会澤と未翔は……。
自由時間が始まってすぐ、俺たち五人は集まった。俺たち五人というのはもちろん、俺、笹本、氷川、会澤、未翔の班のメンバー五人のことだ。約束事があったわけでもなく、引かれ合うように自然と全員が集結していた。
「ごめんね。ありがとう」
開口一番、未翔はそう言って俺たちの顔を見回した。相反する言葉なのにすっと胸の内に入り込んできた。それだけでもう充分だった。それぞれがどんな返事をしたかよく覚えていないけれど、仲直りしたときのくすぐったくなるような心の温かさはいつまでも忘れられない。
その後、会澤は未翔をダンスに誘った。自由時間の間は常に音楽が鳴っていて、好きな相手と一緒に踊ることができたのだ。
無論、思春期の男子が女子にダンスの申し入れをするなんてかなり勇気のいることで、二人で仲良く踊っていれば注目を浴びることは必死だった。
それでも、未翔の返事はイエスだった。
そういうわけで、会澤と未翔の二人ははっちゃける生徒たちにやいのやいの言われつつ、燃え上がる炎の近くで楽しそうに手を繋いでダンスを踊っていた。
そんな様子を眺めていたら、隣りに座る笹本が優しい声で呟いた。
「会澤くん、元気になってよかったよね」
ちらっと横目で顔を覗くと、両腕を回して膝を抱える笹本は穏やかな笑みを浮かべていた。
「そうだな。会澤も未翔も楽しそうだし。これですべて解決だ」
俺は瞳に映った光景をそのまま感想にして結論づけた。
だがそのとき、ほんの一瞬だけ笹本の横顔に影が差した気がした。
「どうした?」
「えっ? あっ、ううん、別に」
笹本は慌てて首を振り、困ったように笑って「なんでもない」と付け足したが、俺は彼女から視線を逸らすことができなかった。
すると、笹本は一旦俯いてから、ゆっくりと華やかな火光の近くでダンスを踊る二人のほうへ顔を向けた。
「未翔って本当にすごいよね。誰に対しても平等に優しくて、すぐにみんなの心を摑んじゃう。わたしには到底真似できないって思う」
眩い炎の明かりが笹本の眼鏡に反射していた。
彼女の目には何が見えているのか。それがふとわからなくなった。
「石狩くんはさ……」
笹本が何かを言おうと小さく口を動かし始めたとき、近くの空で超新星が爆発したような光と音が生まれた。
打ち上げ花火だった。
目を奪われるような黄金の大輪の華が同心円状に広がっていた。
「もう一発来るぞ!」
どこかで誰かが叫んだ。息をつく暇もなく、先ほどと同じくらいの大きさの花火が煙の漂う星空に咲いた。すぐ隣にある小さなグラウンドのほうから夏の夜空めがけて放たれているらしかった。
これは後に知らされたことだが、この打ち上げ花火は先生方が生徒たちに内緒でこっそりと準備したものだった。しおりのキャンプファイヤーのページを見ても花火のことはどこにも書かれておらず、生徒たちは誰一人として花火が打ち上がることなど知らなかった。
だから、みんなが息を呑んでその場で空を見上げていた。状況は飲み込めなくても、視線は勝手に次の花火を待っていた。
数発上がった後、まだまだ続くらしいことを察知して、各自花火が見やすい場所へと移動を始めた。
「なぁ、二人とも花火見てた? すごかったよな?」
さっきまで未翔とダンスを踊っていた会澤も、興奮気味に俺と笹本が座っていたところまでやってきて、打ち上がったときの光景を大きな身振り手振りで表した。
「落ち着けって。見てた見てた。ここよく見えるぞ」
図らずも俺たちのいた場所はベストポジションだった。キャンプファイヤーの炎からは適度に遠く、視界を遮るものがほとんどなくて花火の打ち上がる夜空全体がよく見渡せた。
「マジで? じゃあここにしよう」
会澤は満面の笑みでそう言うと、ぴょんぴょんとその場で跳ねながら花火が打ち上がるのを待った。
それからまた何発か花火が上空に上がった。
地上では未翔が氷川の腕を引っ張り、俺たちのもとまで強引に連れてきていた。満足そうな顔の未翔とまんざら嫌でもなさそうな顔の氷川が加わり、再び五人となった。
俺はいつの間にか立ち上がっていた。別に立って見ても座って見ても、花火が綺麗なことに変わりはないのだが、気分的に立って見たくなった。
俺も含む四人が立っている状態となって、ただ一人笹本だけが座って見ていた。
けれどもそれもわずかな間のことで、未翔が明るい笑顔で笹本の手を取ると、笹本もそれに応じて優しく微笑んで立ち上がった。
夜の空には大小様々な色とりどりの花火が次々と打ち上がった。
でも、その一つひとつがどんな形をして、どんな色で、どんな種類の花火だったかなんてよく覚えていない。
その運命を受け入れているかのように、花火のほうもすぐに消え、次から次へと光のバトンを繋いでいった。
果たしていつまで続くのか。
そんなの全然わからなかった。
だから、俺たちは無我夢中で花火の夜空を見上げていた。
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