第3章 林間学校
第9話 卒業アルバムと林間学校のしおり
卒業アルバムは中学校を卒業して以来、一度も開いたことがなかった。
夜更けになって思い立ち、どこにやっただろうと自分の部屋を捜索してみると、押し入れの奥の奥、大きな紙袋の中にしまってあった。
限られた収納スペースを有効に使うために、使用頻度の低いものは奥のほうへと追いやられ、よりいっそう目につく機会が少なくなる。それらはもはやないものとして扱われ、最悪の場合、何かの拍子にまとめて捨ててしまったりもする。
まだあってよかった、とまずはひと安心しつつ、小学生時代から使っている学習机の上を整理して、紙袋からずっしりと重みのあるアルバムを取り出した。
頑丈な作りのケースを外すと、厚みのある緑の表紙に校名と卒業年度が金色の文字で印字されているのが目に飛び込む。その名前と数字にはなんだか懐かしさを覚えた。
汚したりしないように、慎重に一枚一枚ページを開いていく。
アルバムにはたくさんの写真が敷き詰められていた。授業風景、学校行事、部活ごとの集合写真、その他いろいろあるが、一番のメインは個々の名前とともにクラスメイト一人ひとりの写真が並べられたページだった。
会澤穂高、氷川咲、笹本亜香里。まだあどけなさの残る三人の姿もそれぞれ発見していく。
でも、どれだけ探してもこのアルバムに新島未翔の名前はない。
当然のことだ。卒業アルバムに載るクラスメイトの写真は三年時のもので、二年の終わりに転校してしまった未翔の写真はどのクラスのページを見ても存在しない。
アルバムを閉じ、一息つく。時刻は深夜0時を回っていた。
ファミレスでの会合を経て、なぜか挑戦することになった「新島未翔は未来人である」という仮説の検証。解かなければならない三つの謎に俺は取り組んでいた。
問題を改めて整理してみて感じたのは、中学生のときの記憶の薄れだった。
同級生たちの顔と名前、校内の各教室の配置、一日の流れ、年間スケジュール。大まかには覚えているが、詳細な部分まで思い出そうとすると、靄がかかったように判然としなくなる。
それを晴らすきっかけとして、思い出が保存された卒業アルバムの力を借りた。忘れていた記憶が少しだけ蘇ったが、まだまだ足りない気がする。謎解きを続けていく中で、今後も何度か開く場面があるかもしれない。
俺はアルバムを一旦ケースに入れて机の上に置く。そして、もう一度紙袋をガサガサと漁り、今度は一冊のA4ノートを取り出した。
そのノートの表紙には『青春ストーリーNo.1』というタイトル文字が踊っている。まだ未翔がいた中学二年生の七月に、二泊三日で行った林間学校のしおりだ。
中のページには、林間学校を迎えるにあたっての様々な準備の過程や注意事項が記されたプリントが糊付けされている。色褪せていてだいぶ汚れが目立つが、内容は問題なく確認できそうだった。こんなものが残っているなんて想像もしていなかったが、過去の自分は中学校時代の思い出の品として卒アルとともに保管することを選んだらしい。
林間学校は中学の行事全体を振り返っても、最も思い出深いものになった。泊りがけのイベントとしては中三のときに行った京都と奈良への修学旅行もあるが、歴史に詳しくない俺にとってはキャンプ場で過ごした林間学校のほうが単純に盛り上がって楽しかった。
それにこの林間学校こそが、俺たちが再び集まることになった直接の要因だった。
その要因とは……。
中学二年生のときの林間学校において、俺と会澤、氷川と笹本、そして新島未翔の五人で班を組んだ。
たったそれだけのことだ。俺たちはクラスでいつも一緒の仲良し五人組というわけでもなければ、学校外で共通の習い事をしていたなんていうこともない。
俺たちを繋ぎ止めているのは、林間学校で同じ班だったという事実だけだ。
あの成人式の夜の同窓会で、会澤、氷川、笹本が揃ったとき、自然と俺は「足りない」と感じた。でも、それは多分俺だけじゃなくて、他の三人も同様の思いを抱いていたのではないかと思われる。
最後のピース。それはもちろん未翔だ。それで完成する。
――いったい何が?
そう問われたとき、答えにふさわしいワードは見つからない。
唯一挙げられるのが『林間学校の班』なのだ。
たったそれだけのことで、こんな仲間意識が芽生えるなんておかしいかもしれない。
でも、同じグループだと認識してしまった。五人で一つの集団だと本能的に受け入れてしまった。
こんな考え方が一般的かどうかはわからない。他の誰にも共感されないかもしれない。
だとしても、それによって動かされている人間がここにいる。
今、俺がやらねばならないのは中学時代の記憶の整理だ。
当時、俺たちがどんな生徒でどんなことを考えていたのか。それを思い出していくことによって、未翔の未来予知のような謎の行動にも説明がつけられるかもしれない。
そして、俺たち五人の関係性を掘り起こしていくためには、この林間学校での出来事を無視するわけにはいかない。というより、俺たち五人がグループを組んで一緒に行動したのは、後にも先にもここしかない。
だからこそ、じっくりと振り返ってみる必要があった。
俺はヨレヨレになったしおりの目次に目を通す。卒業アルバムを探す過程でおまけ的に発見した代物だが、三日間の詳細な日程や活動内容が記されたこれさえあれば、あのとき確かに存在したはずの光景や感情が蘇ってくる気がした。
気がつけば、俺は林間学校のしおりを夢中になって読み始めていた。
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