第8話 仮説
三つの謎は出揃った。俺はポケットから携帯を取り出し、話を思い出しながらメモを打ち込んでいった。
「つまり、三人の提言を整理するとこういうことか」
言いながら、画面をみんなのほうへと向ける。
仮説 新島未翔は未来人である。
第一の謎 新島未翔はなぜ組体操での怪我を予知できたのか?
第二の謎 新島未翔はなぜ生徒手帳の在り処がわかったのか?
第三の謎 新島未翔はなぜ未来の絵を描くことができたのか?
「おー、すげぇわかりやすい。さすがだ」
「別に大したことねぇよ。これだけで済むならな」
軽い調子で褒めてくる会澤をあしらいながら付け加える。
「実際、ここからが大変だ。検証するにしたって仮説が仮説だしな」
「でも、わたしもわかりやすいって思った。この第一から第三の謎について考えればいいってことだよね?」
「簡単に言ってしまえばそうだな。この三つの謎について検証して、もし未翔が未来人でなかったとしてもこれら三つの行動を取ることが可能であると証明されたら、未翔の取った行動に何かしらの現実的な理由をつけることができたら仮説は偽とする。そうじゃなかったら真だ」
解説していて、自分でも無茶苦茶なことを言っているなと思う。
そもそも、未翔が未来人であるっていう仮説がおかしい。滑稽でくだらない。こんなことを検証しようとしていること自体が間違っている。
もっと真偽がはっきりするものであれば、論理を組み立てて真実を証明することが可能であれば、取り組む価値も多少はあるのかもしれない。
だが、この問題においてはそれすら望めない。ならば、せめて少しでもロジカルに考えられるように問題の形を変えるしかない。
「この場に未翔がいない以上、真相はわからない。だけど、過去に起こった出来事について考察することはできないわけじゃない」
「つまり、わたしたちが納得さえできれば、それが真実でなくてもいいってことね」
「そういうことだ。みんなの合意が得られればそれでいい」
さすがに氷川は飲み込みが早い。俺の言わんとしていることが伝わったようだ。
この問題の発端は未翔の謎めいた三つの行動にある。
すなわち、それらが解消できればいいのだ。解明ではなく解消。謎も不思議もなくなってしまえば、未翔が未来人だなんて主張は自然と消滅する。
「具体的には何をすればいいのかな?」
乗り遅れまいとするように、笹本が困惑しながらも尋ねてきた。俺は適当に必要そうなことを並べ立てる。
「まずは三つの謎が起こったときの状況の整理だな。ひと通り話を聞いただけじゃわからなかったところもある。発生した出来事を時系列で並べてもう一度よく考えてみないと。それからそもそも情報が全然足りない。些細な事でもいいから思い出したことがあったら言ってもらったほうがいいだろうな。それと……」
指を折りながらつらつら言い連ねていると、会澤が驚いたように目をパチクリさせる。
「すごい、名探偵みたいだ」
「どこがだよ」
俺は呆れ気味にため息をつく。実際、俺の言っていることは表面だけ取り繕った中身が空っぽな計画だ。これに則って動いたって何かが解決する見込みは薄いだろう。
しかしながら、俺のことを買いかぶる会澤は譲ろうとしない。
「いや、名探偵だ。名刑事でもいいけどさ。とにかく、石狩をリーダーとして新島さんが未来人だったかどうかみんなで推理していこう」
「はっ? リーダー?」
思わず睨み返したが、会澤はニコニコと笑みを浮かべたままだ。
「わたしは賛成だよ。石狩くんが指示を出してくれるならうまくできそう」
笹本はこちらを一瞥してから、大きくうんと頷いた。
「わたしも異論はない。だけど……」
氷川の視線がこちらに投げかけられる。その両目にはなんだか探るような色が見えて、俺は逃げるように目を逸らした。
「そっか。そうだよね。ごめん。石狩だって大学があるし、こんなこと考えてる暇ないよね」
会澤は会澤なりに話の流れを読んで、顔を背ける俺に素直に頭を下げて謝ってきた。
「それは……」
何かを言いかけて俺は言葉に詰まった。
ここはなんて答えるのが正解だ? どうするのが正しい?
返答に時間がかかればかかるほど、ますます口は開きづらくなる。今、俺の心に確かに存在するのは焦りだけだ。論理的な思考とか冷静な判断とか、そんなのとはかけ離れたところで頭は空回りし続ける。
「石狩が忙しいんだったら……」
「いや、やろう!」
会澤の言葉を遮って、俺はいつの間にか宣言していた。ちょっと大きくなったその声に驚いたのか、三人が一斉にこちらを見る。
こうなってしまっては後には引けない。勢いに任せて、俺は口を動かす。
「正直言ってどこまでできるかはわからないが、せっかくこうしてみんなで集まって謎を出したんだ。何もしないでこのままっていうのもあれだろう。それに……」
一旦落ち着いて、心を整理する。言うべき言葉を一つ見つけてから再度口を開いた。
「未翔のためにも考えてみたい」
行方不明になった人間が未来人だったかどうか検証する。それが果たしてその人物の「ためを思って」ということに繋がるのかは、はっきり言って自信がない。慇懃無礼な話かもしれない。
けれど、何も考えないというのは違う気がした。
今までずっとそうやって過ごしてきた俺が今更言えることではないかもしれないが、触れないで閉じ込めておくことが大事にするということではないと思った。
「よーし、それじゃいっちょやりますか!」
会澤は腕を伸ばしたり、肩をぐるぐる回したりして気合を入れていた。
「戦いに行くんじゃないぞ」
謎の準備運動に戸惑ってぼそっと呟くと、彼の隣から代わりに返事が返ってきた。
「手間を掛けさせて悪いけど、今日の話まとめてデータにして送ってもらえる?」
氷川は隣の男には目も向けず、必要なことを俺にさらっと提案してきた。
「了解。忘れないうちにやる。抜け落ちているところがあったら言ってくれ」
どっちにしろ検討するためには、出題された問題をちゃんと整理して見つめ直してみなければならない。様々な角度から取り組むにしても、問題を正しく理解していなければ間違った方向へ進んでしまう。
「咲さんはしばらくこっちに戻ってこないの?」
「基本的にはそう。テストやレポート提出とかがすべて終わるのが一か月後くらいだから、帰ってくるのはそれ以降になる。どうしてもっていうなら強行日程で会えなくもないけど」
寂しそうにする笹本を顧慮したのか、あるいは単に可能であるということを証明したかっただけなのかはわからないが、氷川は表情を変えずに淡々と言い切った。
「そ、そんな無理しなくていいよ。また今度みんなで会えたらいいなって思っただけで」
「まあ、いずれにしてもまた集合する機会はあるんじゃないか?」
一歩引いたところから言葉を投げかける。意外にも自分の声には確信が伴っていた。
必要事項は適宜連絡を取り合うとすると、本人が目の前にいなければならない状況というのは限られてくる。忙しいのにわざわざ顔を合わせる必要もないだろう。
それでも、少し先の未来において、再びこの四人で集まることがあるに違いない。
そのときに未来人の謎が解けているのかは、それこそ未来人でなければ知る由もないが。
「そうそう。いつでも連絡取れるんだし、会いたきゃ会えばいいんだよ。ただ遊びたいっていうんでも俺はウェルカムだ。いつでも誘ってよ」
会澤は電話を取って耳に当てる仕草を手で表現する。普通に考えてこのメンバーの中で誰が積極的に遊びのお誘いをしてくるかって言ったら会澤なんだよな、と心の中で思ったが、それを口に出すのはやめておいた。
代わりに、謎解きのリーダーらしく取りまとめた。
「今日家に帰ったら、早速ここでの話をまとめてみんなに送る。それを元に各自で考察を進めていくことにしよう」
こうして喋りながらもアイデアは次々と浮かんできて、脳内にある埃被った『やるべきことリスト』には、久しぶりに光輝く文字が加わっていった。
このミステリーの行く末にはいったい何があるのか。
わからないのに、希望だけは感じられた。
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