第5話 未来人の謎 その一

「未来人の話をしよう」


 真っ直ぐ順番に俺たちを見据えて、会澤ははっきりと言い放った。


「と言っても、俺が勝手にそう思ってるだけなんだけどね」


 直後、いつもの会澤らしく少しおどけたように笑みをこぼす。


 しかしながら、目は相変わらず真剣なままだ。やはり未来人というのは冗談で言っているのではないらしい。


「根拠があるってこと?」


 俺と同じくそういう非合理的かつ非現実的なものを信じないであろう氷川が、尋問する捜査官のような鋭い目つきで尋ねた。


「そう。あるんだよ。俺が新島さんのことを未来人だと考える根拠が」


 会澤は動じない。当然訊かれると思っていたのか、高らかに宣言する声には迷いがなかった。


「話してもらえる?」


「もちろん。そのためにみんなを集めたんだから」


 氷川の要望に頷き、会澤は改めて全員の顔を見渡す。


「俺が新島さんのことを未来人だと思っている理由はただ一つ、彼女にある予言をされたことがあったからなんだ」


 会澤は指を一本立て、得意げな表情で語る。


「どんな予言だよ?」


 馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、ここまでもったいぶられると気になってしまう。あくまで疑惑の目を向けながら、俺は言葉少なめに先を促した。


「中学生のとき、組体操やったでしょ?」


「体育祭のか?」


「そう。サボテンとかピラミッドとか三段タワーとかいって、やたら俺たち高みを目指してたじゃん?」


 それぞれの演目がそれとなく伝わるようなジェスチャーを交えて、目を光らせた会澤は誇らしげに同意を求めてきた。


「高みを目指してたかどうかはともかく、練習はきつかったな」


 なぜだか知らないが、俺たちの中学校は組体操に対して異様なまでに気合が入っていた。毎年秋に行われる体育祭において、男子生徒全員が取り組む組体操は最も盛大な催し物で、かなり早い段階からそのための練習時間が毎日のようにあった。裸足で校庭を走り回るために小石が容赦なく足の裏にめり込んできて痛いし、ちょっと擦り剥けば傷になってお風呂に入るときに染みる。なんでこんなことをしなければならないのか、と何度思ったかわからない。


 そういえば中二のとき、練習で会澤は……。


 俺が口に出すよりも早く、先ほどまで輝いていた会澤の表情に影が差した。


「今でも思い出したくないんだけどさ、俺二年生のとき三段タワーのてっぺんから落ちて腕を骨折したでしょ?」


 何とか明るい声を出して左腕をさすりながらも、顔は青ざめ、誤魔化しきれずに身体は震えていた。


 組体操をする上で、毎年怪我をする者は必ず出てくる。自分たちの学年以外のことは詳しくないので又聞きでしかないが、演目の練習中に骨折などの重症を負う人も何年かに一度は出るらしい。


 会澤には落下時に感じた恐れが残っているのだろう。足裏に刺さる小石とか擦りむいた膝とか、それだってもちろん思い出せば顔を歪ませてしまうようなものだが、そんなのは軽く吹っ飛んでしまうくらいに彼が経験した痛みや恐怖は大きかったはずだ。


 皆が何も言えないでいると、会澤は震えを打ち消すように腕のストレッチを始め、もう大丈夫だと言わんばかりに調子良く笑う。


「いやぁ、もう勘弁って感じ。ギプスつけて生活するの面倒くさいんだよ。勉強はもともとあんまりしなかったからいいとして、飯食うときに片手しか使えないの困るんだよね。まあ、組体操の練習出なくてよくなったのは地味に嬉しかったけど」


 いくらか空気が緩んだところで、会澤は息を吸って本題に入った。


「それで、新島さんの話なんだけど、俺が骨折することになる日、たまたま彼女と教室で二人きりになったんだよね。放課後の練習のために男子が全員校庭に集まってて、その日日直だった俺が仕事を終えて慌てて後から教室を出ようとしたら、ちょうど入ってきた彼女と鉢合わせたんだ。お互いびっくりしたんだけど、そのとき咄嗟に新島さんに言われたんだ。『怪我に気をつけて』ってね」


 ――怪我に気をつけて。


 どうやらその言葉が、会澤の言う『予言』らしい。確かに骨折する直前に予め言われたのなら、そう捉えられないこともない。


 だが、そのまま納得するにはあまりに疑問が多すぎる。


「それだけか?」


 俺は訝しむように会澤を見る。


 だってそうだろう。「怪我に気をつけて」なんて誰だって軽い気持ちで口にする。


 その一回、未翔がたまたまその言葉を発した日、会澤が大怪我をした。そう考えるのが自然で単純で合理的だ。


 俺の発言の真意を感じ取ったのか、会澤は困ったような笑みを浮かべた。


「ごめん。やっぱそう思うよね。俺も今の話を聞いた立場だったら同じ感想を抱いたと思う。それだけで未来人なんて言い出したのか、って普通は怒るよな」


「いや、別に怒りはしないが……」


 謝られて俺も反省する。問い詰めるつもりなどなかったのだが、高圧的な口調は相手側にとっては怒気を帯びた言葉にしか聞こえないものだ。


 互いに次の言葉を投げかけられずにいると、笹本が沈黙を嫌ったのか俺たちの間を取り持ってくれた。


「で、でも、確かに未翔ってちょっと不思議な存在って思わせるところがあったよね。実はわたしも……」


「そうそれ! 不思議な存在だったんだよ!」


 未来人という言葉を口にしてからほとんど初めての賛同に、会澤はテーブルを叩いて興奮気味に笹本を指差した。


「だからなのかな、新島さんが言った台詞には何か裏があるんじゃないかって思っちゃうんだ。いいや、台詞だけじゃない。仕草も、行動も、そのすべてに意味があって、それを未来から来た彼女だけが理解しているみたいな」


「不思議だから未来人か」


「そうかもしれない」


 俺の独り言のような呟きに、会澤は今改めて気がついたというようなニュアンスで頷いた。


 人は説明がつかなくなると、曖昧なものや超常的なものに頼る。


 それは俺が最も嫌う人間の悪い性質だ。わからなくなれば「なんとなく」で済ませ、納得するためには「未来人」などという単語を平気で使う。


 俺は別に超常現象の類いをすべて否定しているわけではない。幽霊だってUFOだってタイムトラベラーだって、その存在を示す証拠があれば信じる気になるだろう。


 だが、会澤一人の個人的な感覚だけでそれを信じろというのは無理な話である。

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