第一章:冒険者になる

幕間 美穂

あたしの親友、相生憂。

彼女は突然通り魔に殺されてこの世を去った。

余りにも突然の死。

あたしはしばらく学校に通うことすらできなくなっていた。


「美穂ー。ご飯ここに置いておくからね」

「……」


あたしは部屋の扉にまだ母がいる気配を感じる。


「その……憂ちゃんのことは残念だけど、それで美穂までこんな辛い思いを抱き続けなくていいのよ。ゆっくりでいいから、顔を出してちょうだい」


それだけ言うと母がその場を去った音がした。

わかってる。あたしだっていつまでもこんなんじゃいけないって。

あたしがこんな暗くなってたら、天国の憂ちゃんに怒られちゃう。


でも今はもう少し、このままでいさせて。

憂ちゃんとの楽しかった思い出は、こんな悲しみ程度じゃ釣り合わないもの。


あたしはパソコンの電源を入れる。

憂ちゃんが殺されたネットの記事をまた漁る。

少しでも憂ちゃんの気持ちが知りたくて。

そして三日前から既に更新の無いニュースを再び読み上げる。


世間じゃ女の子一人殺されたところで話題になるのは一瞬の事。その後のことなんて誰も興味を持たない。だからこれ以上の記事も増えない。


あたしが知れる内容なんてたかが知れるものだ。

40代男性が10代女子学生の腹部にナイフを突き刺し、殺害。その後、男は何かを叫びながら自刃。何がしたかったのかまでは誰にも分らない。


男の家庭環境もいくつか挙げられてはいたが、親友を殺されたあたしはそいつに同情なんて一切できなかった。

きっと男のほうもそうだったのだろう。自身が殺した少女のことなど思いなんてしない。

結局皆そうなのだ。他人の事なんて関係ない。知らない。どうなろうとどうでもいい。


でも当事者や残された人の苦しみは、あたしが今よく知っている。

許せるわけない。それだけだ。


あたしはそれ以上公式ニュースの閲覧をやめて、ネットサーフィンをする。

少し検索に掛ければ、まだあたしの知らない情報が出てくる。それは嘘も混じれば真実も混ざる玉石混交な情報群。


その中に、憂ちゃんの殺害事件があった。


「なになに……。犯人は井上……。うん、これはあってる。へえ、転生教……?」


やはり都市伝説が混ざってくる。

それには犯人の井上という男が、直前まで転生教の教会に出入りしているのを見かけたというものだ。そして、男が最期に叫んだ言葉こそ、「転生教万歳!」だったとのこと。


つまり、憂ちゃんを殺したのはその転生教ってこと……?

あたしが犯人に抱いていた怒りがその転生教に向くのを感じた。そして、意気消沈していた気持ちも昂り、沸々と煮えたぎるような憤怒をその文字列に叩きつけた。


転生教のホームページを開く。

見た所よくある宗教のようだったが、あたしのよく知る輪廻転生や万物流転のような考えをさらに突き詰めたような教義だった。曰く、教祖の指示通り動けばこの世から離れて転生できる。


つまり、犯人はこの世を捨てたくて、転生したくて憂ちゃんを殺したことになる。

その憂ちゃんがどうなるかなんて知らずに。

信じる人ならいざ知らず、見ず知らずの人まで巻き込むなんて最悪すぎる。


あたしは、その教会の住所をメモした。

この怒りを直にぶつけてやる。

それで気が晴れるかはわからないけど、あたしが前を向いて歩くの必要なんだ。






善は急げという言葉通り、あたしはその日のうちに準備をして家を出た。

なんだか久しぶりの私服だ。最近、外に出ることもなかったからなあ。


「ここが転生教の本部か」


見た目はただの五階建てのビル。一階はコンビニになっていて、その上すべてが教会本部となるようだ。

あたしは周りを少し歩く。入口はコンビニ横にあるエレベータと非常階段か。

非常階段前には扉が備え付けられていて、関係者以外進入禁止となっていた。


あたしはしばし逡巡したのち、非常階段の扉に手を掛けた。

扉には鍵が掛けられておらず、そのまま素直に開いてくれた。


ゴクリ。


ここから先は、大人の世界だ。子供が間違って入っちゃいました、などという言い訳が通用しないかもしれない。誰も守ってくれない場所。


その時、憂ちゃんの顔が頭をよぎった。

わかった。ちゃんと教祖に直訴してくるからね。


あたしはそのまま非常階段まで突き進んだ。


階段を上っていくと、不思議なお香の匂いがしてきた。

五階以外の四階まですべての非常扉が開いており、そこから中に入れるようになっている。


二階は受付っぽい場所のようなのでスルーして上に。

三階もどうやら待合室のような雰囲気だ。ならばその上。

四階は電気があまりついてなくて不気味。一旦置いておこう。

五階は鍵がかかっており入れなかった。

あたしは仕方なく四階まで降りた。


「四階にしよう」


あたしは四階の扉をくぐった。

灯りが少ない。しかもお香の匂いがさらにきつくなる。甘ったるくて、頭がくらくらするような匂いだ。ずっと嗅いでいると、頭がおかしくなりそうになる。


奥に進むと、天幕が掛かった部屋が見えた。どうやら大きなホールのような場所らしい。

人がいるっ!

その人は何かをしゃべっているようだ。


「そなたは、富士の樹海に入り自害せよ。縄はこれを使うといい」

「はい、仰せのままに。これでこの世とおさらばできる」


二人の男がそこにいた。一人は偉そうな恰好をした老人のような人。

もう一人は、まだ30代くらいのおじさん。その顔をやつれており、目からは苦労が窺い知れた。

その目も、偉そうな人から縄を貰うと、子供のような光を取り戻していた。


縄を持った男が出てくる。

あたしは咄嗟に隠れようとしたが、身を隠すものがなかった。

あたしはあっさりとその男に見つかった。


だが、男はあたしを見てニカっとほほ笑んだ。


「次は君の番だね。頑張って」


男はそれだけ言うと、スキップでもし始めるんじゃないかというほど朗らかに屋内階段を下りて行った。

あたしは不法侵入者だよね?

なんでお咎めないんだ。

もしかして同類だと思われている?


確かに今のあたしの顔は相当酷いかもしれない。ろくに食事もしていなかったし、部屋に閉じこもっていたのだから。


次はあたしの番か。


あたしはその大きな天幕を潜り抜けた。


「ふむ。次は君の番かね。先ほどからこっそりと覗いていたようだったが、何かわかったかね。かわいい侵入者くん」


げ、この偉そうな人にはばれていた。


「まあ良い。私がそれを咎めることはしない。むしろ、それを君の罪としようか」

「それってどういうこと? いやそれよりも! あなたたちのせいであたしの親友は殺されたのよ! どうしてくれるの!!」

「ほう、それは転生教の信者のことを言っているのかね。いや、違うな。その若さの友人は近く来ていないな。それならば巻き込まれた・・・・・・人か」

「……ッ!!」


やっぱり憂ちゃんはただ巻き込まれただけなんだ。

コイツらのエゴのせいで憂ちゃんは……!


あたしはこの爺に殴りかかろうとした。

しかし、あたしの足は一歩も動けないことに今更ながら気づいた。


「なに……これ」


あたしの足は、透明な何かに捕まれているようで動けない。


「それは安全装置だ。膝を付け」


ガクッ。


突然あたしは床に膝を付いてしまった。なんなの今のは!

あたしの膝は何者かに押さえつけられているようだ。しかしその姿は見えない。


爺は懐から何かを取り出すと、それをあたしの前まで投げた。

短剣だ。


「それで自刃せよ。既に貴様の罪状は伝えた」


あたしは、自分の意思とは関係なくその短刀を拾い上げた。抵抗できない。なんで!?

そしてそれを喉元まで近づけ始めた。必死で抑えようとするが、見えない何かに動かされるこの体はちっとも言うことを聞いてくれない。


「許さない!! あたしはあんたたちを絶対に許さないから!!」


喉に短刀の切っ先が食い込み始めた。涙と鼻水と恐怖があふれ出る。

嫌だ、嫌だ!

こんなクソ爺に親友を殺されて、あたしも殺されて……!

そんなのイヤだよおお……。


「そうだ、向こうでその少女とやらに会えるかもしれないぞ」

「……え?」


一瞬力が抜けた。

その瞬間、すべての力が押し込まれた短刀があたしの喉を貫いた。







許さない……。

許さない…………。

許さない………………。


あたしは目を覚ました。

風がやたら気持ちよく撫でていく。

大きな丘の上にある大きな木の下にあたしは寝ころんでいた。


「ここは一体どこ……?」


起き上がって見回しても、きれいな草原しか見えない。

あ、遠くの森の奥に城壁っぽいものがあった。


いや、あたしはあの転生教の爺に殺されたはずだ。まさかあの感触が夢だとは思えない。

それに、ここはあたしの知る場所じゃない。


ふと、自分の服に大量に土と泥がついているのに気づいた。


「何これっ!」


あたしの真下は掘り起こされたように地面が抉られていた。

まるで人一人入っていたかのような大きさ。

そしてあたしの服には多量の土。


もしかしてあたし、ここに埋められてた……?


教会で殺されて気づいたら知らない場所で地面に埋められていた……。言葉にして整理しても理解が追い付かない。

そこで転生教の教義を思い出した。教祖の言う通りに動けば転生できる、と。


もしかしてこれが転生ってやつなの?

しかしあたしの身体はあたしのものだ。前と姿かたちが変わってる雰囲気はない。


「あ」


そこであたしの左手の甲に赤い痣が刻まれているのを見つけた。

それを見た刹那、強烈な頭痛が走った。

その痛みと共に、一つの単語があたしの脳裏をよぎる。


『侵入の罪人』


気付けば、何事もなかったかのように頭痛が引いていた。

侵入の罪人っていったい何なの?


爺の言葉が思い起こされる。


『私がそれを咎めることはしない。むしろ、それを君の罪としようか』


これがあのクソ爺の言う罪……。

あたし、不法侵入したから侵入の罪人ってこと?


よくわからないけど、なぜだかすんなりと納得できた。


とりあえず、このままだといけないと思ったあたしは、先ほど見えた森の奥にある城壁まで目指すことにした。


そしてあたしはある決意を抱く。


「もしこの世界に、憂ちゃんを殺した井上がいるならば見つけ出す。見つけてあたしが憂ちゃんの仇を取ってやる」


あたしの目にはありったけの憎悪を宿していたように思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る