第4話 邂逅

 荒屋敷ユイが七頭ナギと出会ったのは今から3年ほど前、第9街区のストリートである。

 その日も、ユイは繁華街から少し離れた路地でストリートパフォーマンスを披露していた。

 キリッとした美貌と手足の長い引き締まったスタイルの持ち主が、鍛え上げられた腹筋が丸出しのタンクトップにハイレグのデニムショートパンツといった露出度の高い格好に身を包んでパフォーマンスを披露すれば、いやでも人目を引く。

 しかも、抜群の身体能力から発揮されるユイのパフォーマンスの完成度は高く、体操選手顔負けのアクロバティックな身体の動きに最初通りを行く人々の誰もが目を奪われた。

 だが、初めのうちは足を止めてユイのパフォーマンスに見入っていた観客たちも、ダンスに合わせた音楽が奏でられるうちに一人二人と離れていき、やがてまばらになる。

 そのうち、ユイの目の前にいるのは、黒縁のメガネをかけた小柄で地味そうな少女だけになった。

 少女は、手拍子を打つわけでも、身体でリズムを取るわけでもなく、頬杖をついてしゃがみ込み、ただじっとユイの身体の動きだけを見つめている。


「ねえ、あなた私に調律チューニングさせてくんない?」


 パフォーマンスの最中に突然放たれた不躾ぶしつけな言葉に、ユイは不機嫌そうな顔をその言葉の主に向けた。


「アンタ、私が音痴だって言いたいの?」

「うーん、身も蓋もない言い方すればそう言うことかな。あなた、身体能力は凄いけど、自分の音楽をまるで奏でられてない。私が調律チューニングすれば、今よりずっといい音色を響かせてあげられるよ」


 ユイはパフォーマンスを止めると、ムスッと押し黙ったまま身体中の皮膚に貼り付けている透明の電極シールをベリベリと乱暴に引き剥がし、ショートパンツのベルトループに吊るしていた変換ユニットごと少女に放り投げた。


「そこまで言うんならやってみなよ」

「うん、でもこのユニットに付属してる骨董品のアンプはいらないかな。私の持ってるコイツの方がまだマシだから」


 少女はそう言いながらヘッドホンをかぶると、ユイから受け取った変換ユニットにリュックから取り出した小型チューナーを取り付け、その場でチューニング作業を始めた。

 数分ほどのち、少女は変換ユニットをユイに差し出す。


「チューニング終わったよ。もう一度さっきのやってみて」


 ユイは再び身体中に電極シールを貼り付けると、先ほどと同じ動きのダンスを披露する。

 身体を動かし始めてすぐ、ユイは異変に気がついた。


(あれっ、なんか音が違う……)


 ユイの身体の動きに合わせて奏でられる無数の音色は、何もかもがこれまで聞いたことが無いような響きと深みに満ちていて、ユイは新鮮な驚きに見舞われた。

 しかもその音色は、ユイのアクロバティックな身体の動きや、鍛え上げられた筋肉の収縮に合わせて、次々と変化し新しい音色を生み出していくのだ。

 千変万化のその音色は、互いに少しも干渉することなく、ユイのしなやかで力強い肉体の動きそのもののような見事な重奏を響かせる。


「何だろう……音にくっきり色がついたみたい……」

「ふふっ。だって『音色』って言うでしょう。その音があなたの持ってる本来の『音色』」

「あなたの身体の動きに合わせて、一から調律チューニングし直してみたの。これまで手探りでやってたのとは全然違うでしょ」


 ユイは黙って頷くしかない。


「アンタ、名前は……」

「私、七頭ナギ。あなた荒屋敷ユイさんでしょ。この辺りのチルドレンの間じゃあなた有名人だもの。肉体音楽フィジカルミュージックじゃなくて、もっぱら腕っぷしの方でだけどね。」

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