第21話 王子の困惑 王子視点
アンネリーゼを逆召喚すると言う話は早い段階で頓挫した。召喚魔法を行う者が、拒否したためである。彼には孫娘がいて、王太子の次の婚約者に彼女を推すためであった。
王子はウンザリしながら、報告を聞く。同じ歳の魔法使いが操る召喚魔法はいまだに安定せず、失敗したら最後永遠にアンネリーゼが戻らないとなると、それでも良いとは言いかねた。
それでも研究を続けたのは、リーフ公爵家に恩義を感じている魔法使い達だ。リーフ公爵家と言うよりは、前公爵が再婚した魔法使いにお世話になった者達なのだが。
王子は突然現れた偉大な魔法使いに、どうやら良く思われていない。直接言われた訳ではないが、何となくそんな気がする。
アンネリーゼの祖母のその魔法使いは、王家に対して何の感情も抱かなかった。王家に仇なす態度ではないにしろ、無関心は珍しく、こちらも懐疑的にならざるを得ない。
召喚魔法について、聞きに行った使者に対して、こちらで把握していること以上は話さないし、手伝いを請うと、丁重に断られた。
「孫娘が可愛くないのですか?」
そう問うた使者に返事をせずに微笑まれ、話が終われば帰れ、と言ったそうだ。
何らかの関与を疑うのは、仕方ないことだが、それからと言うもの、スパイを送ったところで、何の手がかりも掴めないまま時が過ぎていく。
ある日、誰かが見つけてきた書物に聖女の召喚の儀が書かれたものがあった。これを利用しようと言う。
「聖女は既にいるのですが、あの者は余りにも怪しいでしょう?本物の聖女を召喚し、アンネリーゼ嬢を奪還するお知恵を授かればよろしいのではないでしょうか。」
欲を言えば、聖女が増えるよりは、アンネリーゼを逆召喚したいのだが。
王子は聖女召喚を提案した貴族の中に、聖女を次の王太子の婚約者にしようと企む者達が紛れていることに気がついていなかった。
そして、迎えた聖女召喚の儀は、この国に、真の聖女を迎える歴史的な時間になった。
現れた娘は、最初アンネリーゼと見間違うほどの背格好で、王子は、息を呑んだ。
しかし、よく似てはいたが別人だ。彼女は、ユミと言った。前聖女と違うところは、彼女にはマナーと言う概念があることと、この場にいる誰一人にも媚びることもなければ、偉そうにすることもないことだった。ただ静かに現状を理解するために思考する。その姿も婚約者のアンネリーゼに似ている。
ユミは、私に向かって跪いた。きっとこの世界を知らなくても王子はわかるのだ。彼女の瞳は王子を見ても何も変わらなかった。
それが新鮮だった。こちらが王族だと知りつつも、籠絡しようとしない。
「私をお呼びになった理由を聞かせてください。」
異国の言葉だと言うのに、聞き取れる。不思議に思うこちら側を置き去りに、ユミは辺りを見回している。
「なぜ、私が王宮に?」
アンネリーゼのことを話し終えると、真剣な顔で聞いていたユミは、必死で話を整理しているようだった。
急に知らない場所に召喚されて、見知らぬ令嬢の失踪を話されて、協力しろといわれても、戸惑うのは当然のことだ。
王宮内に部屋をつくり、泊まってもらう。前の聖女は教会で預かって貰ったが、今回は王宮で預かることにした。教会も今回は文句を言わなかった。前例が酷すぎたため、異議を唱えることを躊躇ったのだが、既にユミは前聖女とは全く違う人種だとわかっている。
彼女は部屋に案内した時も、あまりの豪華さと広さに、驚いていた。お茶を勧めた時も、あまり食欲はないようだった。
聖女を監視して、化けの皮が剥がれないか見ていたが、それは杞憂に終わった。今回の聖女は、本当にただの女性で常識人だった。
そして前聖女とは真逆なのが、贅沢にも王子にも全く興味はないようだった。年齢は16歳と言うが、頭が良く計算も早く、聖女よりも文官として、一緒に働きたいぐらいの秀才だ。
だからこそ困った。褒美がない。何をあげても嬉しくなさそう。宝石や、ドレスやらをあげたところで、苦笑いが返ってくる。
王子は、ユミと出会えてから、悪夢に悩まされることはなくなったが、考えがまとまらなくなることが多くなった。
ユミがいくら経っても懐いてくれない。ふと、野生の動物を必死に手懐けようとしている様に見えてきて、笑う。
「王子様でも笑うのですね。」
ユミは諦めたような声で、ふんわりとした笑顔を浮かべながらそんなことを言った。
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