第5話 やっとツッコミの本領発揮

もうこの日は終わりかと思ったかい?


モチっとだけ続くんじゃ…。




「それじゃあ早速、久米君には体力をどうにかしてもらわないとな」「えっ…」川越の一言に久米は一瞬呼吸が止まった。…恋かな?


「だってさっきもランニング、ショートカットしてただろ」バレてーら


「い、いや何を根拠に…」久米は苦し紛れにそう言うけど、頬に一滴の汗がタラリ。


「まぁ早すぎるんだわ。一周目はいいんだけどニ周目以降、もう早い早い。早すぎて僕が一周する時間より早いんだから流石に分かるよ」


「う…」


「とは言っても、運動部じゃないからもう一回行けとは言わない。まぁ倒れられても困るからね」


「良かった…」久米はほっと胸を撫で下ろす。


「だけど、何かしらのペナルティーは受けてもらわないとね」


「…やっぱそうなるか」


「とりあえず、来月末にはコンクールの練習があるからそれまでに最低校舎5周出来てもらわないとな」


「え…っていうか今月ってあと少しで夏休みですよね」


「あぁ、そうそう夏休みは週3日部活あるから」「げっ」


「特別用が無いなら出てくれると信じてる」


そんな事を言われても久米は正直行くのが億劫だった。理由は至って単純で、ゲーム漬けの日々を満喫したかったのである。誰にも邪魔されずに暮らしたかっただけ、そうそれだけ。


今になって後悔が嵐の如く吹き荒れている。「後悔の嵐がスゴくヤバいので休んでいいですかっ?」って言いそうになるが、一度やると言ったからという責任感の強い…いや、揉め事を極力避けようとする日本人的思考の支配率のが大きい。


「………はい」重く重ーーーく返事をしたのであった。






「はぁ〜〜〜」「久米さん、どうしたの?朝からずっとため息ついてるけど」


あと1時間でお昼ごはんという休み時間。久米が教室でスマホで時間を潰しながら抗えない運命に悲観していると隣のボブカットの女子が声を掛けてきた。


彼女は藤沢さん、名前は忘れたけど名字でしか呼び合わないのでしょうがない。明るい性格の久米のクラスメイトで基本的に1人でいる久米に一番声を掛けてくれる人物である。


「あ…いやいやちょっとこれから先の色々を考えてブルーになってただけ」


「ふぅ〜ん、そんな落ち込むものじゃないよ」理解して慰めてくれる。なんて優しい…


「あ、ありがとう」


「…朝から納豆出てきたからと言って」「違うよ!?」


「分かるっ!あの腐った豆のネバネバした臭いヤツを食べようと思う神経が理解出来ないよね」


「だから違うよ?!納豆に罪は無いからね!」


「あの粒にはタンパク質とビタミンKとかいうのが入っているからって偉そうなのよ」「別に偉そうではないから!勝手に藤沢さんが思っているだけだから!!」


「さらにナットウキナーゼが血栓を溶かすし、ポリグルタミン酸がカルシウムの吸収を増やすから健康に良いってどんだけ役に立つアピールしてくるし!」「そんなにアピールしてないよ、っていうか今知ったし…むしろ藤沢さんが詳しいよね!」


「それで何があったの?」「急にそれ?!」なけなしの体力を持ってかれた久米はグッタリとしながら「…まぁ、部活の事だけども」と切り出した。


「部活?久米さんって部活入ってたんだ」意外そうに藤沢さんは言う。確かに高校入って数カ月帰宅部だったのだからそう思われてもしょうがない。


「入るつもりは無かったんだけどね…それで そこの部長が色々吹っ掛けてくるのよ」「それは大変だね」「大変なのよ」あの縛られることの無い自由の日々を懐かしく思う。


「ところでドコの部活に入っているの?」「演劇部」「え…」え…?


「藤沢さん?」「あ…いや大丈夫」「何が?」「何でもない何でもない」怪しい「なんか変な噂とかあるの?」「そんなんじゃないから気にしないで」


「…」(まぁ、そこまで言うなら…そんなに親しい間柄でもないし勝手に変に疑ったりして良くないよな…)


「ごめん、疑…「それでどういう感じに操を奪われたの?」「疑ったままで正解だったーーーっ!!」




「やぁ、このクラスに久米君はいるかな?」良く通る声が久米の叫びすら貫通して そこにいる全員の鼓膜を震わせる。


(何でここに?)学年も違うクラスだから久米の為にわざわざここに来たという事…その理由が おろしポン酢のようにさっぱりだった久米は「え、何…」と戸惑う事しか出来ない。


「おお、いたいた。久米君、練習メニュー考えてきたぞ」何やら手のひらにメモ帳らしき物を持って言ってきた。そんなの全くもって聞いてない。


「へっ?練習メニュー?」「そうだ、自主的にやってもまたサボりそうだしな」図星だった。サボれそうなところからサボるのは基本中の基本であると久米の脳内学会が全会一致で採択された理論だ。その完璧な理論が封じ込められようとする危機感を久米は感じはじめる。


「それと毎日日替わりで部員がランニングに付いてくれる事になったから」「えぇーーーーーー!!」かなり本格的に逃げ道をコンクリート級の壁で塞がれてしまった。見事な出来だ。1級建築士の資格を持っているのかもしれない。


「そんなぁ〜」「いいじゃないか、タダでトレーニングしてもらえるんだぞ」お得感を出してくる川越。


「してほしい訳じゃ無いんですが…」「じゃあ今夜は私から始めるからな」「えぇ…」


「まぁ、私が倒れるまで付き合うから頑張ろう!」「部長が倒れるくらいって私死んでますよね!?」


「ははは、それではまた」久米の言葉に一切明確に答えず去って行く川越。


「はぁ…全く」


「ふぅ〜ん、気に入られてるね」ずっと二人のやりとりを至近距離で見ていた藤沢は そう感想を述べた。


「気に入られてる?イジって面白がっているの間違いじゃない?」疲れるやりとりをさせられて気に入られてるとは思えない。


「でもあんなに久米さんの事、親身になって考えてくれるなんてスゴくない?」「そうなのかなぁ」


「やっぱり抱いた女に優しいね」「誤解まだ解いて無かっったーーー!!」


キーンコーンカーンコーン


無情にもチャイムが鳴ってしまう。結局、昼休みに必死で身振り手振りで説明してやっと誤解を解く事に成功したのだが…面白くもないのでカット。






夜9時


梅雨も明けてジメジメでなく、夏のムシムシした空気が辺りを包み込み昼間よりもだいぶマシではあるが熱帯夜の温度には変わりはないのでエアコンが無ければ寝られないだろうと思われる夜。


そんな公園に二人の男女。いかがわしい関係ではない事が分かるのは二人の服装だった。ワンピースかなんかを綺麗に着飾ってメイクなんかしてたり、又は襟付きシャツをビシッと着こなしているなら この後、夜の街に消えてしまいそうなのだが、この二人は


"ジャージ"


であった。


一応学校のやつだと次の日に授業があると乾かすのが厳しいので、二人共量販店で買ったジャージである。しかし、片方は何度も使ったように少し色褪せしているのに対し、もう一方は新品のように少しテカリが残っている。前者が川越のジャージで後者が久米のである。川越は単純によく使っているからだが、久米のは買ったばっかりという訳ではなく、2・3年前に急に運動しようと思い立ってジャージを買い、袖を通しただけで満足してしまったので新品ではないが、今回初めてジャージを運動目的で使用することになってジャージの奴も本望であろう。


「さて、まずはストレッチしとかないとな。身体を伸ばさないと怪我しやすくなるから」「ふぇーい」久米は渋々屈伸してみる。


「よいっっしょ」しゃがんだ状態からよっこらしょみたいな感じでゆっくり立ち上がる。そしてまたしゃがむ。


「大変そうだなぁ…じゃあこんなの出来るかい?」そう言って川越はしゃがんでみせる。


「?」ぱっと見、ただしゃがんだだけにしか見えないから久米はよく分からなかった。それに気付いた川越は足の後ろの方を指輪指して「踵付けたままで屈伸するの」と言ってきた。


久米はもう一回立ち上がって踵を付けたまま…


「お…お…お…」久米はビクンビクン足全体を痙攣させながらミリ単位で行ったり来たりしている。


「う〜ん…なかなか厳しいな、これも練習メニューに加えよう」


「…何でそんなに私に色々させようとするんですか」久米は気になったので聞いてみた。…昼間の藤沢の"気に入られてる"発言もちょうど頭をよぎったのもあるが。


「色々出来るといいぞぉ、演技の幅も広がって何でも出来そうな気もして…何なら女性の役もやれそうだ」「それはおかしい」即座にツッコミを入れる。…が、それはそれとして


「何で演劇にそこまで出来るんですか?」何気なくそう思ったから口に出してみた。久米自身、演技というと おゆうぎ会なんかで恥ずかしい役をやったくらいしか思い出がない。そんなに面白いものなのであろうか…。

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