第60話 DICE

「時が来ました。いまから神託を授けます」

 突如としてハマークさんがそう告げて、エーツ大公と俺の間に進み出る。


 なぜ、このタイミングで……?

 だが、おかげで数分間でも命を長らえることができる……。

 疑念を覚える一方で、安心をしている俺がいた。

 

 そんな俺の内心など知る由もなく、大公が口を開いた。

「教皇か……。相変わらずウザいな」

「そういう性分ですから。すみません」

 ハマークさんが飄々として頭を下げると、毒気を抜かれた大公は、吐き捨てるように言った。

「好きにしろ」

「ご配意いただきありがとうございます」


 教皇……?

 えっ、貴方、そんなにお偉いさんだったんですか?

 失礼なことを心の中で思ったり、雑に扱ったりしていたけど、まさかそんなお立場におられるなんて想像もしてなかったです。はい。


 そんな混乱をよそに、大公に形だけの謝辞を述べたハマークさんは、俺に向きなおる。

「それでは、運命神ムクカの神託を授けます」

 その言葉とともに、ハマークさんの背後に控える、ガチムチ五人衆の一人、ガチムチ一号が俺に歩み寄る。 



「チブータ枢機卿」

「はっ」

 チブータさんが、俺の近くに来ると、背負っていた長持ちを地面に置き、開く。


「これは……」

 俺がかつて大聖堂で見た、前世の俺の姿をした像が右手に掲げていた剣。

 それが目がくらまんばかりの光を放っていた。

 その神気に満ち溢れた剣を俺に手渡すと、ウィンクをしてチブータさんは列に戻った。



「ハリー枢機卿」

「はい」

 続いて、ハリーさんが、俺の近くに歩み寄り、長持ちを降ろした。

 その中に収められていたのは、やはり大聖堂で見た小盾だった。

 眩い光を放つ小盾を取り出し、俺の左手に取りつけ終わると、ハリーさんは右手の親指を立ててイイね!をしてくれた。

 俺も、思わずイイね!をし返す。



「ブータン枢機卿」

「ええ」

 大聖堂の像は、他には身に着けていなかったはずだが……。


 ゆっくりとブータンさんが背負っていた長持ちを開いた。


 その中には、クリスティが俺のために手ずから編んでいた鎖帷子が入っていた。

 彼女から渡されなかったので、てっきり間に合わなかったのだと思っていた。

 まさか、こんなところに……。


 ブータンさんに介添えしてもらって、俺は難なく鎖帷子を身に着けることができた。溢れんばかりの聖気が俺を包み込んでくれた。


 冷たいはずの金属から、奥さんの愛情を感じる。

 ああ、あったかいナリィ……。

 

 去り際に、ブータンさんは、両手でハートマークをつくってラブ注入をしてくれた。

 俺は思わずドドスコスコスコ三回やってしまう。

 後悔はない。



「フジシーヨ枢機卿」

「よろしくお願いします」

 フジシーヨさんの長持ちからは、その体積に見合わない小瓶が納められていた。

 そして、俺は勧められるがままに、その小瓶の中の液体を口にした。

 

 喉元を通り過ぎると、その液体の正体が分かった。

 食道を焼き焦がさんと熱く通り過ぎた、それは。


 清酒。


 蒸留酒と紛わんばかりのアルコール濃度が、俺の喉を焼き、そして。

 全身を燃え上がるように熱くする。

 血流が身体の隅々に行きわたり、弱っていた心臓を力強く脈打たせる。

 全ての細胞が息を吹き返すような錯覚を覚えた。

 

 今世において初めて口にした酒の余韻に浸っていると、フジシーヨさんが俺にアイーンをしてくれた。

 そうか……。そのレジェンド、たしかに酒が好きやったわ……。

 お返しとばかりに、だっふんだを俺はやり返す。



「コニャーン枢機卿」

「一本どうっすか?」

 そういうとコニャーンさんは、長持ちの中に納められていた一本の葉巻を取り出し、俺の口にくわえさせてくれた。

 俺が咥える葉巻に火をつけると、コニャーンさんは自分の懐からマイ葉巻を取り出しておもむろに火をつけてふかしだす。


 二人で向かい合ってタバコを吸う。

 そんなありきたりな光景のはずなのに。

 俺は、なぜか前世のクソ会社のクソ狭いクソ喫煙室のことを思い出していた。

 

 紫煙をくゆらせて、その立ち消える煙を目で追いながら。

 肺の奥底から感じる、磨き抜かれた最上質の葉巻がもたらす味と香り。

 それらを楽しみながら、丹田で呼吸をしていなかったことに俺は気づいた。

 そして……、なぜか、七年前に大公に粉々に砕かれた俺の武が、再構築されていくかのような気持ちになった。


 そうか……、これは。


 メディカルアロマテラピー。

 たしか、第二次世界大戦かインドシナ戦争かで負傷した兵士を癒すために普及したんだっけか……。



「これで全ての神託を終えます」

 ハマークさんの声が響いた。


 その締めの御言葉で、さきほどの神託で授けられたのが、五つのチートアイテムだったことを今になって理解した。

 転生してから十七年の間、心の奥底から望み欲したチート。


 けれども……どう考えても遅すぎだろ……。

 転生したタイミングで、鑑定と強奪とアイテムボックスのスキルぐらい欲しかったです……。


 なんでラスボスの直前で……。しかも、こんなTueeeeラスボス。

 王国最強どころか、世界史上最強クラスじゃん。


 それでも、不思議と感謝の気持ちが俺に沸き起こってきていた。

 この世界に転生してよかった! という気になってくるから不思議なものだ。




「茶番は終わったか?」

 大公の言葉が俺に突き刺さる。

 だが、俺の手は震えなかった。


 すでに俺の手の震えは治まっていた。

 むしろ、いまになっては何故手が震えていたのかも分からないような心境になっていた。


 俺は悠然と大公の前に歩を進め、対峙する。




 異世界から現れた、世界最強の逆賊を討伐するための勇者。それが俺。

 ……やってやるぜ!!!





■■あとがき■■

2021.03.04

今回はHIDE。

作者も、麒麟特製レモンサワーの力を借りてます(笑)。


没企画で結果が左右される場面だったんですが……、没にしてしまってすみませんでした!





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