第64話悪意の魔道契約

金貨50枚で身請けしたレーナさんを連れて宿に戻り食堂で一服する。


「ファイン、早くレーナの魔道契約を破棄してくれ!! つらい思いをさせたんだ、早く元に戻してやりたい」

バイルさんは懇願するような顔で詰め寄るが、カトレアの一言に場の空気が固まる。


「魔道契約の破棄はまだしないわよ。 まずは魔道契約書を調べる事、それとそこの娘、レーナって言ったわね、その娘の治癒が先ね」

「何故だ? 治癒を優先するのは分かるが魔道契約の破棄をまだしないってどういう事だ!!」


カトレアに詰め寄るバイルさんにカトレアはため息をつき、説明を始めた。

魔道契約書による契約は、本人の意思を残したまま命令通り何かをさせる場合と相手の意思や思考を封印し人形のようにただ命令を遂行させる場合があるらしくレーナさんは後者の方との事だった。

そして意思や思考を封印されていた場合、解除をすると契約をした時の記憶がまず蘇り、その後、意思や思考が封印されていた時期の記憶が徐々によみがえって来るとの事。


言うなれば、今レーナさんの契約を破棄すると、無理やりなのか脅されてなのか、契約に至った記憶が鮮明に戻りその後、受けたであろう辱めの記憶、娼館に売られてからの記憶が蘇るので恐らく解除したら発狂し心が壊れる可能性が高いらしい。


「カトレアさん、あなたは何でそんな事を知ってるんだ? 魔道契約の事は俺も調べたがそんな事はどんな本にも全く載ってなかったぞ?」

「そう…。 今は魔道契約に関する記録なども残されて無いのね…」


カトレアはそう言って過去の出来事を語りだす。

「あなたには信じられないかもしれないけど、昔、まだこの一帯がまだ帝国の領土だった頃の事だけど、帝国は従わない近隣諸国を併呑しようと難癖をつけては戦争を吹っ掛けてたのよ。 その際によく使っていた手が魔道契約書による捕虜の戦力化ね」

「捕虜の戦力化? 捕虜とは言え敵国に従う訳ないだろう! それも魔道契約書を交わしてまで…」


「そう、普通はそう思うわよね…。 ただ帝国では、捕虜に対しこういう約束をしていたのよ。 一つ、併呑後には家族及び縁者は奴隷などにせず今迄の地位を約束する。 一つ、併呑後に奴隷となった人の中に恋人や想い人が居た場合はその家族を含め無条件で引き渡す。 一つ、併呑後において兵士を続けるのなら厚遇し、また兵士を辞めた場合でもその後の職に困らない様便宜を図る。 一つ、併呑後には契約を解除し報酬として金貨20枚を与える。」

「そんな厚遇を約束されたら魔道契約を確かにするだろうな…。 だがそれは戦力増強であって何にも問題は無いじゃないか」


「問題はないね…。 バイル、あなた今の条件を聞いて何か疑問に思わなかった?」

「疑問? 特に何もないが、問題があるのか?」


「気付かないわよね…。 そうあなたと同じで捕虜達は何の疑いも無く契約をしたわ…、それもレーナと同様に意思や思考を封印される契約をね」

「それがどうしたってんだ!! 戦争が終わり帝国に併呑されたら契約解除されるんだろ! 確かに裏切ったという後ろめたさはあるだろうがそれでも家族や縁者を守れるんだ、後ろめたさなんか大した問題では無いだろ!!」


「裏切った事に対する後ろめたさなんて大した問題では無いわ…。 だけど意思や思考を封印されて命令を忠実に遂行する、例えそれが親兄弟、子供や妻、恋人を殺せという命令でもね。 まあ通常下される命令は反抗する村や街、籠城する王都の住人を女子供であっても皆殺しにしろって内容だけど…」

「ば、ばかな!! さっきの条件なら契約によってそんな命令は出来ないだろう! 不履行になるはずだ!!」


「そう、今のあなたと同じでそう思って捕虜達は契約をしたわ…。 落とし穴があるとも知らずに…。」

「落とし穴? 何が落とし穴だって言うんだ!!」


「まだ気づかない? すべて併呑後なのよ。 すべて併呑後においての約束、だから併呑前、言うなれば戦争中においては契約に縛られない、家族だろうと縁者だろうと恋人だろうと命令されれば殺すのよ、それも意思や思考を封印された状態だからなんの躊躇もなく…」

「そ、そんな…、だがそれは帝国に恨みを持つ者の作り話みたいな話だろ!」


「いえ、本当に帝国が行っていた事よ。 そして契約で意思や思考を奪われた兵士を使い相手国で反抗する住民や兵士、貴族、王族を殺し併呑後に契約を解除する。 その後はさっきも言った通り、契約時の記憶が蘇り、その後で意思や思考が封印されていた時の記憶だけが蘇って来る…。 その時、どうなると思う?」

「そ、それは…。 後悔…、いや騙されたという怒りか…」


「契約をした事に対する後悔や騙された怒り、確かにそうね…。 でも人間と言う生き物はそんなに強くないのよ。 殆どの人間が自分の手で泣き叫び命乞いをする者を殺した記憶で発狂するわ。 そして多くの人間が自ら命を絶つか、その場で暴れだすか、または廃人のようになってしまうか。 なんせ併呑後に命や地位などを保証されてた家族や縁者は殆どが殺された後なんだから…」


カトレアの説明にバイルさんは固まってしまった。

「話が逸れたけど、レーナの状態もそれと同じ状況になりえるって事。 とは言え人殺しを命令されたりはしてないでしょうけど、それでも辱められ多くの人に犯された記憶が蘇るわ。 あなたはその時彼女を正気にもどせるの?」

「お、お俺は…」


バイルさんは完全に言葉に詰まりそれ以上何も言えなくなってしまった。

「だからすぐには契約を解除しないのよ。 それに契約書も上書きされているみたいだから解析をしてみないと…。竜の牙に辿り着けるかは分からないけど…。 暫くの間はレーナを今の状態のまま治療を優先して身体中の怪我、特に切られた舌の再生、そして身体の弱ている所の治癒、それに栄養状態も良くないみたいだからその辺の改善ね」


「再生って、カトレアは回復魔法を使えないんじゃ…」

「使えないわよ! だからカツヒコ、あなたが治癒魔法を全力で使ってレーナの舌を再生させなさい。 欠損部位とはいえ腕や足なんかじゃ無いんだから今のうちにそのぐらい出来るようになりなさい! それとバイルは一日中宿でレーナと一緒に居なさい、今は意思も思考も無いけど、契約が解除された時にあなたと居た時間の記憶も戻るから多少なりとはましになるはずよ」


「欠損部位の再生って…。 怪我を治すのがやっとで深手を負った人を治せるかも分からない程度の治癒魔法しか使えないんですけど…」

「ならなおさら頑張りなさい! 治癒魔法で舌を再生出来るようになれば大怪我を負っても大丈夫になるんだから良い機会じゃない!」


うわぁ~、カトレアの無茶振り来たぁ~!!!

バイルさんは頼むという目をこっちに向けてるし…。

確か街に来てすぐギルドでスキルを調べた時、治癒魔法は3だったきがするけど、3で再生させる事って出来るのか?

いや、無理でしょ!!

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