1-11
「おい! 君、大丈夫か!? 酷い怪我じゃないか!? って、ホルン!?」
ホルンは、薄目を開けた。視界がぼやけて誰だか分からない。しかし、聞き覚えのある声だ。
「ああ、センシブ君。こんな所で何をやってるの?」
「それはこっちの台詞だ」
センシブは膝をつき、ホルンを抱えるように上半身を起こした。センシブ=ロロンドは、同級生のラートルの兄だ。子供の頃から、よく一緒に遊んでもらっていた。ホルンにとっても、兄のような存在だ。
「すぐに手当てしないと。ここからなら、ホルンの家に行った方が近いな」
センシブは、ホルンの両腕を掴み、自身の背に乗せた。急いで歩きたいが、振動がホルンに伝わるとまずいと感じたセンシブは、慎重に一歩を踏み出していく。
「いったい、何があったんだい?」
「・・・言いたくない」
「そういう訳には、いかないよ。僕の立場は知っているだろう?」
ホルンを背負ったセンシブが、首を捻って後ろを見る。ホルンは、センシブの背に顔を埋めるようにして逃げた。センシブは、シールドの一員だ。事件事故から、些細な揉め事までを取り締まるのが仕事だ。
「ベント分隊長の息子さんと、喧嘩でもしたのかい?」
「ち、違うよ。どうしてベンとの事を知ってるのさ!」
「情報源は、君の想像通りだよ」
「ラートルの奴。あのお喋りめ」
あっさり白状したセンシブに、この兄弟は口が軽いのだと悟った。
「ベント分隊長の息子さんは、そうとう酷いらしいね。力になってあげたいけど、僕の立場上難しいんだよ。すまない」
「早く出世してね」
「あはは! 頑張ります」
軽やかに笑うセンシブにつられて、ホルンも笑ったが、頬の痛みに悶絶する。
「大丈夫かい?」
「大丈夫。問題ないよ」
「それで? 何があったんだい? 僕と君の仲じゃないか? 内緒にしておくから、教えてくれないか?」
口の軽いセンシブに内緒にしておくと言われても、信憑性にかける。
「ただ友達と喧嘩しただけだよ」
「友達? 珍しいね。まあ、君は昔から喧嘩が弱かったからね。そのくせ気は強いから、誰にやられても不思議ではないけど・・・言いたくないって事は、ラートルかビッシュだね? うーん、ビッシュか?」
「内緒」
「図星か。珍しい事もあるもんだね? あんなに仲良しだったのに」
図星をつかれる前に、酷い事を言われた。しかし、言い返せないホルンは、センシブの肩に顔を寄せ項垂れた。あれは喧嘩と呼べる代物だったのか、ホルンには疑問が残る。ただただ拒絶されたような気がしていた。思い出すだけで、涙が滲んでくる。
本当に僕の事を、気持ち悪いと思っていたのだろうか?
悔しさよりも、悲しさの方が強い。裏切られたとは、到底思えなかった。
やはり、ビッシュの身に何か起こったのではないだろうか?
まるで別人のように、様子が変わっている。
「ビッシュも心配だね? あんな事があったばかりだから」
センシブはシールドの一員だから、ビッシュに起こった出来事を知っている。ある意味当事者と言っても良いくらいだ。
「ねえ、センシブ君。やっぱり取り調べって厳しいの?」
「ああ、そうだね。別に暴力を振るったり、脅したりはしていないけど、追及されるのは過度なストレスがかかるだろうね。なかなか、家に帰してもらえないし。子供ならなおさらだ」
「そうなんだ。センシブ君も取り調べをした事あるの?」
「勿論あるさ。でも、決して気分が良いものではないね。取り調べをされる方もする方も、心身ともに負荷がかかるよ」
「・・・そうなんだ」
狭い空間に閉じ込められて、怖い顔の大人達に囲まれているビッシュの姿を想像した。ズキンと胸の奥が痛み、息苦しくなる。
「『魔女の落とし子』の人を見た事がある?」
「・・・あるね」
「どんな感じになっちゃうの?」
「見た目は別に変わらないよ。変わってくれたら、分かりやすくて簡単なんだけどね。ただ挙動が多少変わるかな? それは、呪いがかかる前後を知っている人にしか、区別できないだろうね。より近しい人じゃないと難しいだろうね」
「挙動って、どういう事?」
「よくしゃべるようになったとか、静かになったとか。それに、ボーとしている時間が長くなったとか。様々だよ」
センシブの説明を聞いて、ホルンは唇を噛んだ。ビッシュの挙動は、以前とは違う気がしていた。一人になると、想いを馳せるように、遠くの山々を眺めていた。
「そんなのシールドの人に、違いが分かるの?」
「分からないよ。僕達が判断しているのは、情報だ。知識と言ってもいいな。この世に存在しない様々なものを知っているんだ。冬の魔女に教わった・・・吹き込まれた知識をね。それを引き出すんだ」
「でも、『魔女の落とし子』って判断されたら、処罰されるんだから、皆必死で隠すんじゃないの?」
「それは、一応こっちはプロだからね。情報を引き出す方法は、色々あるよ。おっと、その方法は教えられないよ」
軽口の癖に、肝心なところで締めた。ホルンは、小さく舌打ちをする。
「・・・『魔女の落とし子』だと判断された人は、どうなっちゃうの? 殺されちゃうの?」
「それは・・・僕の口からは言えないな」
センシブの返答が、イエスだと言っている。ホルンの背中に、寒気が走った。センシブの首に回している腕には、鳥肌が立っていた。
「どうして、殺さなきゃダメなの?」
「殺すとは言っていないよ。ただ、魔女の呪いには、強い感染力があるんだ。野放しにしておくと、大変な事になる」
「感染力って?」
「『魔女の落とし子』は、冬の魔女に魅了されている。崇拝するとも言うね。彼らにとっては、夢のような世界の幻想を抱くんだ。その魅力を、他者に広め伝えてしまう。そして、また魅了された者を生んでしまう。負の連鎖だね。感染源は断ち切らないといけない」
「そんな、ただ話を伝えただけで、そこまでしなきゃダメなの?」
「それがシュガーホープ様のご意向だ。幸せに暮らす人々を惑わす事は許されない。山越えを試みて命を落としてしまう事があってはならないんだよ」
「『魔女の落とし子』だって、人じゃない」
「・・・ホルンには悪いけど、人だとは判断されていないんだよ。魔女落ちした者に、人権はないんだ。魔女は人ではないからね。それが、ことわりだ。善良な民を、一人として死なせる訳にはいかない。シュガーホープ様は、そうやって民を守っておいでなのさ。シュガーホープ様のご加護の元、皆が幸せな生活を送れるように、僕達シールドは日夜働いているんだ」
センシブの覚悟を決めたような力強さに、ホルンは返す言葉が見つからなかった。シールドが取り調べをした結果、呪いはかかっていないと判断されたから、ビッシュは帰ってきた。取り調べ期間としては、三週間くらいだった。『魔女の落とし子』として判断されるのに、たったの三週間だ。ホルンは、どうにも腑に落ちなかった。
帰ってきた事を手放しで喜んでいたけれど、実はまだ疑いは晴れていないのではないか?
生きるか死ぬかの瀬戸際で、そんなに簡単に結論が出るのだろうか?
ビッシュは、まだ監視されているのではないか?
その事を悟っていたビッシュは、あえてホルンを突き放したのではないか?
ホルンは、頭の中で疑問をグルグル回し、何も考えられなくなってきていた。先ほど、何度も地面に頭を叩きつけられ、痛みから脳味噌が思考を拒否しているように感じた。
「さあ、ついたよ、ホルン。フルートさんに、ちゃんと手当てしてもらうんだよ。良かったら、僕から事情を説明しようか?」
センシブの背から降りたホルンは、顔と両手を素早く左右に振った。できる事なら、フルートには誤魔化したいので、本当の事を言われてしまうと困ってしまう。とは言え、まだ気の利いた言い訳は思いついていない。
センシブは、ホルンの頭に優しく手を置いた。そして、顔を背けて、顔が半分隠れた太陽を眺めた。センシブの顔が陰に覆われ、ホルンの位置からは真っ黒な仮面を被っているように見えた。
「ラートルは勿論の事。ホルンとビッシュも子供の頃から可愛がってきた弟のような存在だ。だから、非常に心苦しい」
センシブは、溜息を吐いた。
「悪い事は言わない。ビッシュとは、もう関わらない方がいい・・・これは、独り言だ」
そう言い残し、センシブは離れていった。ホルンは、遠ざかっていくセンシブの背中を呆然と眺めている。
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