1-6

「視界がだいぶ悪くなってきましたね。枯れ木の範囲が増しているように思います」

「ああ、足元に気をつけろよ。ミイラ取りがミイラになっちゃ笑い話にもなりゃしねえ」

 黒づくめの二人の男が、秋山と冬山の境付近を捜索している。シュガーホープ警ら隊の隊服を身にまとった男達は、腕を額の前に翳し、視界を確保しながら山を登っていく。中年の先輩隊員と背が高く若い後輩隊員のツーマンセルだ。

「一晩探して見つからないって、これ結構まずくないですか?」

 後輩隊員が、隣に顔を向ける。

「ああ、まずいな。急いで見つけないとな」

「そうですね。無事でいてくれたら、いいんですけど」

「・・・無事ねえ。どっちかって言うと、死体が見つかった方が助かるぜ」

「な! 何を言ってるんですか!? 救助者を発見確保するのが、我々の任務じゃないですか!?」

 血相を変えた後輩隊員が、先輩隊員に食ってかかる。先輩隊員は、後輩をジロッと睨みつけ、溜息を吐いた。

「一晩経って発見された者・・・生きていた者は、『魔女の呪い』にかかっている可能性が高いんだよ。その後の取り調べ、監視と俺達の仕事は増えるばかりだ。人員がいくらあっても、足りないんだよ。最悪、呪い認定された者は、処刑だ。これだけ苦労して、やっとこさ発見して、処刑されちまうんだぜ? こんな馬鹿馬鹿しいことはないだろ?」

「シュガーホープ様批判は、重罪ですよ!? そんな事言って、良いんですか?」

「良い訳ねえだろ? シュガーホープ様を批判してんじゃねえよ。冬の魔女を批判してんだよ。それに、シュガーホープ様を批判しているのは、冬の魔女の方だ。まったく何を考えているんだか。俺が子供の頃は、冬山遭難者が発見されたら、『冬の女神様のご加護だ』って言われていたのによ」

 先輩隊員が吐く溜息が、白くなっている。冬山に近づく度に、気温は下がり、雪がちらつくようになった。

「・・・実際問題。冬の魔女って、実在するんですかね?」

「知らねえよ。でも、『魔女の落とし子』達が、口々にそう言うんだから、仕方ねえだろ。まるで、呪われたように、シュガーホープ様の批判をするんだ。魔女の呪いって事で落としどころを見つけないと、やってられねえんだよ」

 苛立ちを露わにした先輩に、後輩隊員は息を飲んで口を閉じた。

 魔女の呪いにかかった者は、この世界の絶対的権力者であるシュガーホープの批判を行う。シュガーホープの批判は、重罪であり、処罰の対象だ。現権力者は、七代目シュガーホープ。この世界の創造主一族であり、生ける法律だ。

 魔女の呪いにかかった者達を、『魔女の落とし子』と呼ぶ。まさに、犯罪者の名称だ。『魔女の落とし子』の末路は悲惨なもので、秘密裏に処刑される。世間的には、失踪と公表される。『魔女隠し』として。しかしながら、全ての『魔女の落とし子』が、処刑される訳ではない。実際に失踪し、その後の消息を絶つ者もいる。

 足が雪に埋まる程、一面が真っ白になった。そびえる樹木は、葉が枯れ落ち痩せ細っている。

「冬山に入ったのなんか久々ですよ」

「ああ、それも魔女の仕業って言われてるな。シールドの隊員が近づくと、猛吹雪を巻き起こしやがる。まるで、意思を持っているみたいで、ゾッとしねえよ。ますます、信憑性が増しやがる」

 視界は益々悪くなる。吹きすさぶ冷気を孕んだ風に、雪や雹が混じり、無遠慮に体を痛めつけてくる。冬の魔女に『立ち去れ』と言われている気分になった。若い隊員が口元に手を当て大声を出すが、一瞬で攫われてしまう。

「あ! 見て下さい! 『マスイノトリ』がいますよ。最近あまり見かけなくなりましたね。絶滅も近いんじゃないかな? 僕あの鳥、気味悪いから嫌いなんですよね。色が変わるって、なんだか不気味ですよね?」

「同意を求めるんじゃないよ。同罪になっちまう。神の鳥を気味悪いとは、なかなかに攻めるじゃないか。見直したぜ」

「え? じょ! 冗談ですよ! 絶対に内緒にして下さいね!」

「まあ、言う分には問題ないさ。危害を加えるんじゃないぞ。お前の首が飛ぶ」

 にやける先輩隊員に、後輩隊員の顔は引きつっている。首が飛ぶとは、どちらの意味ですか? 後輩隊員は、自身の首を押えて、激しく顔を左右に振った。

『マスイノトリ』とは、シュガーホープの名の下に保護されている鳥だ。危害を加える事は勿論、飼育する事も禁止されている。神格化しているシュガーホープの使いとして、神の鳥と呼ばれている。シュガーホープの紋章には、刃と盾、そして『マスイノトリ』が描かれている。通貨にもシュガーホープの肖像画と共に刻まれている。神の鳥『マスイノトリ』の一番の特徴は、育った環境によって体毛が変化する事だ。冬山にいる『マスイノトリ』は、体毛が真っ白だ。春山では黄色、夏山では青色、秋山では赤色をしている。主に山岳部に生息していて、平地で見かけるのは稀だ。近年では、数は減少していて、春山と秋山では、あまり見かけなくなっていた。

「シュガーホープ様は、どうしてあんな気味悪い鳥なんかを、お気に召したのかな? 珍しいからかな?」

「はあ。お前なあ、アカデミーで何を勉強してきたんだ? まったく不勉強な奴だ。シールドの名が泣くぜ」

「すいません。国語ってどうも苦手で・・・僕は計算の方が得意なので・・・」

「歴史だ歴史。国語じゃない。まったく。この世界をお創りになった初代シュガーホープ様は、凄惨な戦いの末、この地をお守りになったんだ。四人の女神様と共闘してな。しかし、あまりにも過酷な戦いだった為、体は勿論心も疲弊してしまったシュガーホープ様は、夜も眠れないほど、心に大きな傷を負ってしまわれた。無理もない、仲間は全員死に、シュガーホープ様だけが生き残ったのだからな。心中をお察しする。その時、心の傷を癒したのが、『マスイノトリ』だ。『マスイノトリ』が、シュガーホープ様に寄り添うと、深い眠りに落ちたそうだ。まるで麻酔をかけられたようにな」

「それで、麻酔の鳥って言われているんですね。よくできたお話ですね。まさに伝説です」

「史実だ! 馬鹿野郎! これだから、最近の若い者は」

 ブツブツ言っている先輩を横目に、後輩隊員は雪を踏みつけていく。しばらく歩いた所で、後輩隊員が立ち止まった。悪い視界に目を細めながら、カバンの中から双眼鏡を取り出した。

「どうしたんだ? 何か見つけたか?」

「ちょっと、待って下さいね。今、人影が見えたような・・・あ! 誰か歩いてますね。遭難した少年でしょうか?」

「何!? ちょっと貸せ!」

 先輩隊員は、後輩の手から双眼鏡をひったくった。

「自分の使って下さいよ」

「うるせえ! 黙ってろ! ・・・いた! いたぞ! あ! 倒れた! おい、急ぐぞ!」

 先輩隊員は、雪で埋もれた山道を駆け上っていく。後輩隊員は、後を追うが徐々に距離を離されていった。要救助者に辿り着いた先輩隊員は、倒れた少年を抱き上げた。

「おい! しっかりしろ! 大丈夫か!?」

「ハアハア! い、生きてますか? ビッシュ=イングウェイですかね?」

「浅いけど呼吸はしている。本人で間違いない。遭難者リストの顔は覚えている」

「そうですか。生きてますか。残念でしたね」

「馬鹿野郎! 不謹慎な事言ってんじゃねえぞ! 急いで下山だ!」

 怒鳴り声を上げた先輩隊員は、ビッシュを肩に担ぎ、雪で覆われた山を下っていく。

「ええ!? 先輩が言ってたんじゃないですかあ!?」

 後輩隊員の悲鳴にも似た叫びは、冷たい風に流されていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る