第14話 キャラバン隊、到着

 開陽台で迎えた朝、車中泊で確か5回目だったか、すでに日時の感覚が麻痺しかけている。

 毎度のことだがクロマルの朝は早い、夜明けとともに行動開始、なのはいいがものには限度がある。

 この旅が始まりなんとなく感じていたことがここにきて確信に変わる、朝が早い、言い換えると夜明けが早い。

 まだ5月入ったばかりなのだが、3時過ぎると空が明るんできて4時にはもう朝、クロマル全開バリバリ、もっと寝させてくれ。

 これは日本列島をずーっと北上してきたと同時に東へも移動してきているため、現在地の中標津は東経145度、ホームセンターの辺りに表示板がある。

 出発してきた自宅のある神戸の隣り明石市に日本の標準時を決める東経135度のいわゆる子午線が通っている。

 緯度も関係あるかもしれないが、経度で10度違うのでそれだけで単純に40分、実感として1時間早く夜が明ける。

 反対に夜が1時間早いのかもしれないがそちらはあまり感じない、気温が低いので気分は真冬ってのがあるのかもしれない。

 北の国々では白夜とかあるみたいだが、寒くて雪が多いわりに札幌で南フランスくらいの緯度しかない、オーロラは稀に「低緯度オーロラ」ってのが観測されるようだが。

 起きたくはないけど黒犬に突つかれ、暖かい寝袋から抜け出し外へ出る、窓はバキバキに凍っていて余裕で氷点下。

 駐車場の周囲をぐるっと廻ったあと展望台へ上がってみる。

 といってもエレベーターとかあるわけでもなく円形のコロシアムを小さくしたようなな造りで犬も同行できる、奴らは柵によじ登らないと外は見えないだろうが。

 ここ自体が高台で周囲は大平原ということもあって一大パノラマが見渡せ、なかなかの景観だ。

 クルマに戻り、クロマルは牛乳で始まるいつもの朝食、自分は缶コーヒーだけ飲んで二度寝、まだ5時だよ。


 3時間ほどがっつり寝て目覚める、太陽が高くなると車内も暖かくなりポカポカ気持ちよくてよく眠れた。

 クロマル連れてぐるっと一回りしてから移動開始、市街地方面へ。

 小腹がすいたので、チェーンのファーストフードとかファミレスを探すが案の定無い、開いている飲食店もあるのかも知れないが他所者にはわからない。

 またコンビニかと思ったが、適当に走らせていて見つかったショッピングモールが9時開店みたいなので、少し待つことに。

 広大な駐車場にバカでかい平屋の建物、土地余ってるなぁって感じで、開店とともに中へ入りフードコートのマクドナルドへ、食べ慣れた味だがすごい久しぶりの感じがしてうまかった。

 腹ごしらえが終わってからトイレへ、クロマルだけでなく移動中は自分も便秘気味、体が軽く感じる。

 売り場をぐるっと廻る、広いだけあって品揃えはまあまあ、価格はそれなりであまり安くはない。

 駐車場横に遊歩道のようなところがありクロマル連れて散歩、雪が残っていたりグズグズだったりして激しく後悔、泥犬一丁上がり。

 ポリタンに残っていた水とバスタオルとで特大おしぼりを作りドロドロの犬を拭う、その後にこれまたドロドロの靴を拭ってタオルは廃棄。

 さて、北星興産との約束は昼イチなので、ホームセンターへ向かいブラブラして時間をつぶす、欲しい物は色々あったがクルマに積むスペースがあまりないのでかさばる大物は後回し、スコップを角と剣先の2本、LEDの作業灯、バケツをサイズ別にいくつか、ブルーシート他小物を購入。

 ぼちぼち行くかと出発、多少のアップダウンこそあれほぼ真っすぐの道を1時間ほど進んで目的地近くに到達。

 ロードサイドの蕎麦屋で昼飯、ここらで種ごみという全部のせ蕎麦を食べる、汁は関東風の黒いやつ若干甘め。

 近くの道の駅で空になっているポリタンに水を汲み、少し早いが現地集合なので先に向かうことにする。


 数カ月ぶりに訪れた我が領土、危うく取り付き地点を通りすぎそうになった。

 見た感じ雪は無いが、かなりぬかるんでゆるい道を進む、前来たときにはなかった電柱が立っている。

 ぽっかり開けた広場に出ると、真ん中あたりに以前には無かったプレハブの車庫がぽつんとあり、その傍らにも電柱。

 ここまで来ると日当たりが悪そうな窪地などには雪が残っているのが見える。

 クロマルをクルマから降ろしてフリーにしてやる、しばらく辺りの臭いをかいではマーキングを繰り返していたが、やがてどんどん奥の方へ進み出す。

 慌ててリードを持って後を追いかけるが、お構いなしに更に奥へと進む。

 走って逃げるわけでもないので追いつけそうなのだが捕まらず、小一時間ほど裏山を彷徨いようやく捕獲、すっかりこっちが散歩させられた格好。

 ようやく車庫のある場所へ戻ると、エクストレイルとハイラックスが駐まっていた。

 ハイラックスはここの地主だった黒薮さんのだろう、ならエクストレイルが北星興産のかな、その通りで立ち話している黒藪さんと堤社長。

「どこ行ってたの」

「お久しぶりです、犬がフラフラ行っちゃったんで連れ戻しに」

 クロマルはロングリードでクルマに繋ぎ、バケツにポリタンの水を移し置いてやると、顔を突っ込みカッポカッポと飲んでいる。

「じゃあ、説明しようか」

 堤社長が車庫のシャッターを開ける。

 この車庫は温泉のポンプ小屋が必要というので、中古のやつを調達してもらったもの。

 奥の方に土管のようなものが立てて埋まっていて、その中が源泉らしい、そこからパイプやら機械類がつながっている。

 壁面に取り付けられた防水の電源ボックス内のブレーカーを上げ、配管のバルブをひねるとお湯がドボドボ出てきた。

「普通のコンセントもこの中、あと外の電柱にも屋外用がある、電気工事は注文通りに頼んどいたから」

「掘ったのは200メートル位かな、出ない時は1000メートル以上掘ることもあるから」

「検査はしてないけど変な色も臭いも無いいい湯だね、でも温度が70度近いから水と混ぜるか冷ますかしないと入れないから」

 配管やらポンプについて説明を受けるが、マイ温泉というのに浮かれ気もそぞろ。

「これからはどうするの、宿か何かあてはあるの」

「キャンプ気分でここで寝ます、テントよりは全然快適ですよたぶん、それに犬連れだし...」

「もう5月だけどまだ寒いよ、雪降ってもおかしくないし、うちに来ればいいよ、ラブ同士なら大丈夫ケンカしないだろう」

 ありがたいけれど数日ならいざしらず、この先何カ月かかるかわからないので辞退する。

「泊めていただくのはいよいよ困った際にお願いします、それより黒藪さんところの倉庫に荷物置かせていただけませんか、明後日に引っ越し屋が持ってくるんですけど、ここだと場所に限りがあって」

 最悪シートを掛けて外置きしようと思っていたが、

「いいよ、片付けるから後で手伝って、犬も連れて来てうちのと遊ばせよう」と快諾。

「風呂入れるようになったら教えてね」

 この温泉入湯権が土地を譲ってもらう際の条件。

 しかし、浴槽をなんとかすればいいというだけでなく、排水のことも考えないと使えない、うかつにかけ流しなんかにしていると周辺が湿地になってしまう。

 山の秘湯とかではない毎日入る風呂なので雨風や虫や落ち葉の侵入を防ぐ建物も要るしシャワーも欲しい、まだ電気以外のインフラは全く無い、先は遠い。

「ここはこれぐらいかな」

 堤社長に連れられ、外へ出る。

 敷地の東の外れのあたりにブルーシートでグルグル巻になったものがあり、中は例の土管みたいなの。

「こっちが水井戸ね、ポンプは後で付けに来させるから、使わないと冬に凍っちゃうから」

 ポンプといっても手でキコキコやるやつではなく電動、水道と大差なく使えるとのこと。

「井戸としては深めに掘ったから良い水だと思うよ」

 これで電気と水のインフラは確保、ガスはプロパンでいけるが問題は下水で特にトイレ、案はいろいあるがまた考えよう。

「まだ雪解けしたばかりで地面が緩いし、せめてクルマ置くあたりだけでも砂利敷いたほうがいい、木ももっと切って日当たり良くして」

「残った手続きやら、渡すものもあるし事務所に行こうか」

「あとで伺いますんで」と黒薮さんに声をかけ、クロマルをクルマに押し込み堤社長のエクストレイルと連なって町へ。

 北星興産の事務所であらためて工事の説明を受け、引き渡し関係の書類を受け取り、未払い費用の精算。

 工事の都度都度で大きな支払いは済ませているので、電気工事やらポンプ設置と中古車庫代等、ネットバンキングでその場で振り込む。

 今回の支払総額はなんやかんやで郊外にファミリータイプのマンションか小ぶりな建売住宅が購入できるほど、持ち金合計の一番大きな桁がなくなってしまった。

 堤社長に頼んで材木やら建設資材やら各種設備やらの購入先を教えてもらう、まずは砂利を買おう。

「ちょくちょく覗きに行くから、気をつけて無理しないように」

「はい、お世話になりました」

 町で食料を仕入れ、ガソリスタンドで給油ついでにポリタンと灯油を買い、仮住まいとなる車庫へ帰る。

 1台用だがゆったりしたサイズでありがたい、背が高いゲレンデがルーフボックス装着したまま入れる高さがある、奥の方から半分近くはポンプやらなんやらで専有されているが。

 シャッター側のフリースペースにブルーシートを敷いて、積んできた荷物を降ろしていく。

 荷物室の寝台も降ろす、外に出すと卓袱台にしか見えない。

 ルーフボックスから出したキャンプテーブルや椅子を並べていくと部屋らしくなった、窓もドアもないが。

 カセットコンロを出して紅茶を入れて一息つく、朝はコーヒーだがそれ以外では紅茶党、ちゃんと茶葉から入れる。

 コッヘルで湯をわかし茶葉を入れて蒸らしてから、細かい穴の空いたシエラカップを茶こし替わりにしてマグカップへ注ぎ、猫舌なので少し冷ましてから飲む。

 クロマルはブルーシートの上に移したドッグベッドで寝そべっている。

 一息ついてから、クロマルとともに黒薮さんの家へ。

 手土産に実家から運んできた一升瓶を渡し、倉庫へ案内してもらう。

 カマボコ状の形をしたD型と呼ばれる倉庫、大きさは標準的な間口6間奥行き10間のもの坪でいうと60坪で、それが3つもある。

 そのうちの一つで、「この一角好きに使っていいから」と、中のバイクやらカヌーやら古タイヤやらを移動してスペースを作る。

 その間クロマルは辺りをウロウロ、倉庫内にマーキングしそうになったので外へ追い出すと、黒藪さんがキングを連れてきた。

 黒とイエローのラブラドール2匹が走り回り、お尻を追いかけ、のっかったりのっかられたり、双方オスなのでこれが本当のボーイズラブ。

 片付けはすぐに終わり、ざっと箒で掃いて完了。

「歓迎会するから飯食ってきなよ」

「じゃあ、鍋しようと材料買ってるので使ってください」

 男二人とラブ2匹、黒薮さん家のリビングで宴会スタート、クロマルはキング用を分けてもらった鹿肉の煮込みに夢中、我々の酒もすすむ。

 この夜はそのまま犬2匹に挟まれて雑魚寝したのであった。

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