第41話 TATSUYA

「はぁぁぁ……そろそろ時間が惜しくなってきたな」


 TATSUYAが開店してから早三時間が経過していた。

 俺は開店と同時に店員を捕まえることで、TATSUYAで働く傍ら歌手活動をしているという男の情報を、見事に聞き出すことに成功していた。

 どうやら、その男は昼過ぎからの出勤らしいので、俺はCDコーナーをぶらつきながら、今流行りのアーティストをチェックしていた。

 今後の活動に向けて、まずは世間の好みや流行りを知ることが大事だと考えたからだ。


「英人、HIASOBI、アイドルの山道グループ、コメツゲンジ……トレンドはこの辺りか。確か、コメツゲンジって……昔、ニコニコ生ラジオで曲出してたよな」


 俺はCDコーナーの大部分を占める、月間ランキングの棚をひたすら凝視していた。

 ここ五年間の知識がない無知な俺でも、少し調べるだけで検索にヒットするような人物ばかりだった。

 特にコメツゲンジに関しては、ニコニコ生ラジオ——通称ニコ生において別のハンドルネームで活動していたので、俺は他のアーティストよりも多少知識がある。


「歌詞は詩のような繊細さが大事で、BPMはJ-POPらしい軽快かつリズミカルな感じが良さそうだな。作詞作曲なんてやったことないが、今の俺ならなんとかなるか」


 小説や音楽は作者よりも見聞する人の方が圧倒的に多いので、見聞する人のニーズにあったモノを提供しなければ容易に淘汰されてしまうだろう。

 生半可な気持ちで取り掛かるとあっという間に事務所が崩壊してしまいそうだ。

 俺はそんなことを客が疎らな店内で、一人、考え込んでいた。


「——あ、あの……田中さん、ですよね?」


 目を閉じながら腕を組んでジッと思考していると、背後から素朴感が漂う声色の男性に声をかけられた。

 これで背後から声をかけられるのは今日で二回目だ。

 カマネェの時は中々にキツかったが、今回はまともなことを願う。


「ん? おお、トミーか。こんなところで会うなんて偶然だな。CDでも見に来たのか?」


 なんていう願いを込めながら振り向くと、そこには冨岡銀次ことトミーがいた。

 黒いケースに入れられたギターを背負っており、どこか気恥ずかしそうにもじもじとしている。

 髪型はスッキリとした短髪で、身長も165cmほどなので、とても二十歳には見えない。


「い、いえ、ボクはここでバイトをしているので。田中さんはこんなところでどうしたんですか?」


「……ふむ。そうか、トミーだったのか。それは好都合だ」


 バイトという単語を聞いた俺は、すぐに真実に辿り着いた。


「な、なにがですか……?」


 トミーはそんな俺の一言に怯えており、真白い歯をカタカタと鳴らしている。


「今日はバイトを休むことはできるか? 少し話したいことがあるんだ」


「まあ、体調不良を理由にすれば可能ですけど……」


「よし。じゃあ決まりだ。今日の分のバイト代は俺が後で支払おう。その代わり、トミーには俺の話を聞いてもらいたい。そんなに困った顔をしなくても、新手のマルチ商法とかじゃないから安心してくれ。それじゃ、先に外で待ってるぞ」


 俺は黒目をぎょろつかせて動揺していたトミーの肩に手を置いて、先にこの場を後にした。

 どうやら怯えているようだ。俺のことを詐欺師かなんかだと勘違いしているのだろう。

 いきなり話しかけられて、バイト代まで補填すると言われたら仕方ないことか。




 

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