第5話 競馬をやろう!
「っしゃぁぁぁ! 100,000円だ!」
俺の手には眩い太陽に照らされる福沢諭吉が十人並んでいた。
五枚のスクラッチの内訳は50,000円が一枚、30,000円が一枚、10,000円が二枚、200円が一枚だった。
なんとなく遊び心でバラバラにしてみたが、次回やるときはもっとガツガツ稼ぎたいものだな。
「……おっとっと……あまり人の多いところでやるもんじゃないな。失敬失敬」
金の重みとありがたみからついつい声を出してしまい、俺は周りからの視線を集めてしまっていたので、そっと気配を消して道の端に立ち止まった。
おそらく、たった今俺の横を通った男子学生も、向かいから歩いてくるサラリーマンも、足元を歩いて行った二匹の猫も、全員俺の姿は認識できていない。
俺は気配を消している限り、何を言おうと何をしようと、バレることはないというわけだ。
まあ、脱法的な行為に手を染めることはないので気配を消しても大丈夫だろう。
「で、これからどうしようか」
俺は五年間の勇者生活のせいで、一週間に一度に一時間の睡眠をするだけで満足する体になってしまったため、家に帰ってしまうのは時間が勿体無いのだ。
「取り敢えずもっと金を稼ぐか」
俺はやることも見つからないので、それまでは金稼ぎに従事することにした。
今手元にある100,000円を資本金として、もっと金を増やせれば良いな。
「うーん……」
スクラッチはやったばかりだし、宝くじは発表まで時間が掛かるし、株はよくわからないしな……簡単なのはあれしかないか。
俺はファッションビルのLEDディスプレイを眺めた。
金稼ぎと言っても様々な方法があるが、一度も試したことのない方法を試してみることも大事だろう。
「テレポート」
俺は期待と不安を胸に秘めながら転移魔法を発動させた。
LEDディスプレイによると、この時間はかなり熱いレースしているみたいなので、俺もそのウェーブに乗ってみるとしよう。
◇
「——ごらぁ! ワンパクコゾウ! 追い込まんかいッ!」
「ワシぁお前にいくらかけたと思っとるんじゃ! もっと早く走りんしゃいっ!」
俺の目の前ではぐしゃぐしゃの新聞紙を手にしたおっさんたちが、席から身を乗り出して怒号を上げている。
「差せ! 差せ! チョンマゲザムライ——かぁっ! くそ! 何でや! 何で毎回ダントツ人気最下位のジョウレンサイカイが一着なんや! こんなんおかしいやろがい! 誰が当たるっちゅうねん!」
無性髭が特徴的な爺さんが、タバコを吸いがらを捨てながら手に持っていた馬券を掌で握り潰した。
他の人々も悔しさと驚きから頭を抱えて、訳のわからないとでも言いたげな表情を浮かべている。
初めて競馬場に来たが、こんなに感情的になるものなのか……。
「……まあ、俺には関係ないか」
俺はそんな悔しそうな爺さんの姿を見ながら馬券を換金するために席から立ち上がった。
この結果は全て分かりきっていたことなので、俺からすれば特に驚きはないのだ。
まあ、競馬中毒のようになっているこの人たちからすれば驚くのも無理はないな。
なんせ、今の今まで99戦99敗だったジョウレンサイカイが一着を取ったんだからな。
俺はパドックの時点で全ての馬の調子や心を魔法で把握していたから何とか勝てたが、普通は未だ勝利なしのジョウレンサイカイが勝つなんて考えもしないだろう。
「あの……ここが換金場所であってます?」
看板に従って換金場所らしき場所に着いた俺は、懐から取り出した馬券を受付のお姉さんに渡しながら聞いた。
具体的なオッズや、賭け金がいくらになるのかはあまり計算していなかったが、10,000円をピンポイントにぶち込んだので、そこそこの額にはなるはずだ。
「ええ。大丈夫ですよ。馬券をお預かりしますね——って……え……? えぇっ!? た、たたた、単勝でジョウレンサイカイに10,000円ッ!?」
受付のお姉さんは俺が渡した馬券を見た瞬間に甲高い声で悲鳴混じりの声を上げると、目を見開いて馬券を睨みつけていた。
そんなに凄かったのだろうか?
競馬なんてものは生まれて初めてやるから、全然勝手がわからないな。
「あの……いくらになりますかね? 少しでも増えてくれたら嬉しいんですけど」
俺からすれば1,000円でも増えてくれればありがたい気持ちだ。
「す、すみません! 今計算しますので少々お待ちください! えーっと……単勝の場合、ジョウレンサイカイのオッズは100円賭けで2,057.6倍だったから……ぁぁ……こ、こんな金額、うちの競馬場で見たのは初めてですよ……はははっ……」
受付のお姉さんは最初こそカタカタと慣れた手付きでキーボードを入力していったが、途中から明らかに変な汗をかきながら手と声を震わせており、最後には乾いた笑みを浮かべながら俺に払戻額が書かれた紙を提示してきた。
「……ん? これ……書き間違いじゃないですか?」
「ははははっ……ビギナーズラックって凄いですね……ははははっっ……」
受付のお姉さんは不気味な笑みを絶やすことなく首を横に振っていた。
少々顔が怖いが、本当に書き間違いではないのだろうか?
だっていくらだよ、これ。
一、十、百……千万……千万……千万!?
俺は何度も見直したが、そこに書いてある数字が変化することはなかった。
「……20,576,000円……だと……?」
そこに書いてあったのは見たこともないような驚異の桁数だった。
「これやべぇな……働くのが馬鹿馬鹿しくなるな」
初めてだからチキって10,000円しか賭けなかったが、もしも残りの90,000円も賭けていたら……やばいな……俺は一つのレースで一億円プレイヤーになっていたのか。
競馬……異世界に並ぶほど恐ろしい世界だぜ……。
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