第17話 世界の中心でお嬢様への愛を叫ぶ。【上】
【メイド・ルーシーの回想】
私が仕えているリーシャお嬢様は、かなり変わった方である。
私の母マリーは、ルーベンブルグ伯爵家の厨房長を務めている。父は私が2歳の時に病気で亡くなった。
長、と言っても下に誰かいる訳ではない。勿論、何かパーティなどをしなければならない時などは手が回らないので何人か下働きの子が入ることもあるが、基本は一人である。
ルーベンブルグ伯爵家は、使用人が少ない。
私と母以外は、執事の40代位の渋いイケオジのルパートさんに、庭師兼厩番の30代位の気のいいニコライさん、だけである。
通常この数倍は人がいないとおかしい。何故こんなに少ないなのか。
そう、ルーベンブルグ伯爵家は、貧乏もとい財政が心許ないのである。
領地がさほどの広さでもないのに、ここ数年は天候不良で不作の年が続いていて、収入アップどころか、下降一方である。
とても新しく人を雇う余裕はない。
伯爵家の方々もこういった環境にいるせいなのか、それはもう自ら率先してよく働く。奥様は料理もするし、ちょっと姿が見えないと思ったら部屋の掃除や窓拭きなどをしていたりする。
当然、働いてる人間も全てよその数倍は働く事になる。仕事が出来ない人間を雇うゆとりがないからだ。
結果、ここで働く全ての使用人は、とびきり有能である。
こんな劣悪とも言える職場事情ではあるのだが、みんなこのルーベンブルグ伯爵家で働くことを喜び、誇りにしている。
思いやりある旦那様、美しい奥様、イケメンのマークス坊っちゃま、リーシャお嬢様に心優しいブライアン坊っちゃま達を敬愛しているからである。
ご家族仲も良く、使用人にも同じ目線で語り合い、一緒に働き、家族のように優しく気遣ってれる。
仕事は忙しいが、こんなに働きやすいところも滅多にないであろう。
そして、リーシャお嬢様である。
5歳になり、ある程度自分の事は自分で出来るようになった頃、街の祖母の家に預けられていた私は、母と一緒にルーベンブルグ家の使用人の寮に住むことになった。
3歳のリーシャお嬢様のお世話、と言うか遊び相手である。
「ビックリするわよぉルーシー。そりゃもう天使かと思うほどの可愛さで、これほど綺麗な子は今まで会ったことなかったわ。この先どれほど美しくなるかと思うと使用人達の間では将来が楽しみで仕方ないの」
かなり興奮ぎみに言い募る母に、何を大袈裟な、たかだか3歳の子供ではないか、と内心思った私は、当時それはませたガキだったのだろう。
仕事とはいえ、休みの日位しか会うこともなかった母を取られているような嫉妬だったのかも知れない。
「リーシャお嬢様、失礼しますマリーでございます。娘のルーシーを連れて参りました」
母がそう言って屋敷の一室に入ると、パッと振り返った小さな少女に目が釘付けになった。
絵本でした見た事のないような綺麗なお姫様が、そこには立っていた。
長いサラサラとした綺麗な黒髪に色白の艶やかな肌、切れ長の一重に深みのある黒い瞳。主張の控えめな小ぶりな鼻に薄く官能的とも言えるピンクの唇。
世の全ての女性が求めてやまない美しさの成分を限界まで濃縮すると、ここまで人離れしたものになるのかと衝撃を受けるには充分すぎるインパクトだった。
母の言ってた事は大袈裟でもなんでもなかった。
「ルーシーと言うのね。私はリーシャです。ずっとお友達が欲しかったの。これから仲良くしてね」
鈴を鳴らすような澄んだ声で、恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を投げかけられた私は一瞬でときめきメーターが振り切れてしまい、この宝石のような少女は一生私がお世話するのだ、誰にもこの役目は渡さない、と固く心に誓った。
しかし、知るほどにリーシャお嬢様は私の知るどんな女性にも当てはまらないほど変わっている事に気がついた。
まず、自己評価が異常に低い。
ドレスを作った際に、「姿見見るの初めてなの」とウキウキしながら覗きこんで、何故か膝から崩れ落ちた。
「………せめてもっと、なんかこう………期待したじゃないの………切ない………」
落ち込まれてなんかブツブツ言ってたので心配して声をかけると、
「いえ、いいのよ。もう少し可愛いかなと思ってただけなのよ」
最初は何を言ってるのかと呆れた。
ただでさえ人間離れしてる美しさなのに、これ以上綺麗になったら本当に天使か妖精だ。
だが、いつからだろうか。
お嬢様はまさか本気で自分の事を綺麗とか考えた事がないのでは、いやそもそも綺麗と思う基準が違うのでは?と疑問が沸いたのは。
5歳違いの弟、ブライアン様がお生まれになった時のお嬢様の発言で確信した。
「まあっ、ルーシー!リアル天使よ!ああブライアンたら父様似なのね、二重でパッチリした目。羨ましいわあー将来イケメンになるわよ」
旦那様は、お人柄は文句なしだが、顔は残念なのが勿体ないというのが使用人達の間の共通した思いである。
あの美しい奥様が、「よくこんなのと結婚に踏み切ってくれた」と旦那様のご両親から泣いて感謝されたと聞いたのも頷けたほどだ。
一般的な人間が綺麗だと思う基準とお嬢様のそれは真逆だった。
だから、自分が不細工だと思ってるのである。
神をも恐れぬ所業。
社交界でお嬢様が、自分より美しいと思ってる令嬢に「お綺麗ですね」などと言えば、嫌味かと泣き出してしまうに違いない。本人が本気なのが尚更たちがわるい。
これはマズい。
屋敷の中の人間関係だけで生きておられたから審美眼がおかしくなったのかも知れない。いや、ここまで神の祝福を受けたりしてると、どこかで帳尻あわせが起きてもおかしくはない。
年頃になるまでにお嬢様を矯正しなくては。
私はリーシャお嬢様をまっとうにすべく心を砕いた。
私の何年もの根気強い努力の甲斐に、大変不本意だが渋々、といった感じではあったが、自分の価値観が少々異なったものである、という理解をして頂けるところまではいって一安心したら、また別の心配である。
リーシャお嬢様は7歳の誕生日プレゼントを初めてねだった。
釣竿と魚籠である。
普段ワガママも言わず、何かをねだることも殆どない。
マナーや勉強など家庭教師が言うにはビックリするほど熱心に学ばれ、理解度の高さは折り紙つきという既に神童レベルの淑女になりつつある彼女。
だからなぜ伯爵令嬢が釣りなのだ。
刺繍でもなく、乗馬でもなく、釣り。
「糸を垂れながら無心で川面を見てると、心が落ち着くのよ。それに物覚えのいい若いうちからやらないと一人前のテクニックは身に付かないのよ。それに、釣れたらお魚食べられるじゃない。塩焼き、ムニエル、煮付け。素晴らしいわよね、キャッチ&イート。いい言葉だわ」
こんな幼い時からここまで老人のような枯れ具合で良いのだろうか。
最初は小さいからと私に加え庭師のニコライさんも一緒に川へ。
一年ほど経つと近所だし危ない真似はしないから、と私が仕事で行けない時にも一人でも行くようになった。
見られたら誘拐されかねない、と男の子のような格好をさせられていたが、いそいそと嬉しそうに出ていくお嬢様に、淑女としてはしたないなどとはとても言えなかった。
何かあった時に私がお嬢様を守れるようにならなくては。
私は母に頼んで、護身術を習う事にした。
私の世界はリーシャお嬢様を中心に回っていた。いや今もそうだが。
そして、お嬢様が15歳を過ぎた頃から、勉強と称して部屋に籠る事が増えた。
お年頃だし、一人で居たいこともあるのだろう、と私は少々寂しい思いをしていたが、メイドの仕事の割合も増えていたので仕方ないと思っていた頃だった。
掃除の時に、お嬢様の部屋から隠すように仕舞われていたソレを見つけたのは。
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