第8話 訓練場は美の祭典

「おいおい、見たかよ?」


「え?何をだ」


「今日の訓練場見学会な、来てるそうだ。リーシャ嬢」


「リーシャ嬢って、あのリーシャ・ルーベンブルグ伯爵令嬢の事か?」


「他のリーシャなんか知るかよ。そう、あの極上の美女だよ」


「………え?あの儚げな女神が?体が弱くて社交界に姿を見せたのも18になったつい最近とか聞いてるぞ。

 なんでこんなむさ苦しい騎士団の訓練なんかに」


「そんなこと知るか。

 いやぁ、姉上が知人のお茶会で間近で会ったらしいが、謙虚で悪意のない好ましい性格な上に、長い黒髪もサラサラで、文句のつけようがないほど美人すぎて嫉妬心も湧かないわ、とか笑ってて、是非とも一度俺も遠くからでも拝みたいと思ってたんだ。いやーやる気出るわ今日は。下手したら話できるかも知れないし」


「バッカじゃねえの?どうせ第一か第二騎士団の貴族様のイケメン連中目当てだって。ねえシャインベック隊長?」


「………下らないコト言ってないでさっさと支度しろお前ら」


「「「はっ、りょーかいです!!」」」




 王国騎士団には第一から第四部隊まである。

 人数が多いので分割すると言う意味もあるのだが、大まかに言って、第二部隊までは伯爵家以上の子息や、爵位は低くても役職の高いお偉いさんの子息が名を連ねており、尚且つイケメンが多い。

 従って爵位を継ぐまでの一時的な腰かけ的な人間が多く、腕も推して知るべしである。

 祭事などの華やかな舞台での形だけの警護等が主な仕事と言える。



 第三、第四部隊は正に実戦部隊である。

 主に腕に自信のある庶民から商人の子、男爵、子爵令息などから構成されている。


 力をつける事で自分の存在意義を高めている訳で、単純に強くなりたかったからという理由で来ている人間も当然いるが、大概の者がかなり残念寄りな顔立ちをしている者が多いのは、致し方ないところではある。



 ダークはそんな腕は立つが恵まれない容姿の者が多い第三部隊の隊長を務めている。


(しかし、本当になぜリーシャ嬢が訓練場に?

 ………いや、釣り場でからかっただけの俺のコトなどとうに忘れているだろうが。もう1ヶ月以上も前の話だし)


 ダークはそう思いながらも、いつも以上に身だしなみに時間をかけた。


 彼女が手に巻いてくれたハンカチは洗った後、自分でアイロンまでかけて汚れないように紙に包んで毎日持ち歩いていた。

 自分から逃げ出したくせに未練がましいにも程がある、と我ながら苦笑する。



 貴族名鑑でリーシャ・ルーベンブルグと言う名前が本当に実在していた時には舞い上がるような気持ちだったが、伯爵令嬢だと分かって、訪ねて返しに行くのは早々に諦めた。

 流石に男爵家と伯爵家では身分が違いすぎる。



(まあ、俺に会いに来た訳では無いだろうが、ハンカチ、渡す機会があれば会話が出来るかも知れない)


 訓練では汗をかくので、いつものように隊長として与えられている執務室の机の引き出しに大切にハンカチをしまう。


(………せめて少しはいいところを見せる場があればいいのだがな。ま、うちの部隊を見に来る訳はない、か)


 模擬刀を握り、軽く振りながら、ダークは訓練場に向かうのであった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「リーシャお嬢様、ほらあまりお急ぎになると転びますよ。足元よく見ないし元からそんなに反射神経良くないんですから。クッキー粉々にする気ですか」


「またさらっとディスられたけど今日の私は気分がいいから許すわ。

 そうね、ちょっと気が急いていたみたい。気をつけないと」


 バスケットに入れたそれをそっと押さえ、意識してゆっくりと歩くようにする。




 私はルーシーをお供に、王国騎士団の訓練見学会にやってきていた。



 昨夜はダーク様に会える喜びで遠足前の子供のようにテンションが妙に上がってしまい夜中まで眠れず、しかも朝の5時には目覚めてしまった。

 見学会は午後イチからであるにも関わらず、である。


 頑張ってもう少し眠ろうとしていたが、睡魔が全く訪れず、諦めて朝っぱらから昼までどエロい小説を執筆していた。

 怒涛の勢いで早く時間よ過ぎろとマシンのように書き散らしたお陰で、また一作仕上がった。


 最近、生き急いでるような速度で原稿が仕上がるのは、やはり恋する乙女のせいなのかしら?と思うものの、その割りには書いてるものがドロドロの愛憎劇と7割がベッドシーンなのは乙女としては如何なものかと思わないでもない。

 仕方ないわね。腐女子の9割は妄想と煩悩で出来ているんだもの。



「あ、お嬢様、ダーク様は第三部隊におられるようですよ」

 

 他の腐ってないであろう婦女子達とともに大きな門をくぐると、2つの訓練場が隣り合っており、第一から第二部隊はA訓練場、第三、第四部隊はB訓練場と掲示板に出ていた。


 何故か大多数の婦女子がA訓練場の方へ向かって歩いて行く。


「ルーシー、なぜAの方へ行く女性が多いのかしらね?」


「伯爵以上の地位のある家のご令息ばかりでイケメンが多いからですわ。

 個人的にはそちらをお勧めしたいところではありますけど。私も最近小説の読みすぎで目の保養という休暇申請がしたいところでございますし」


「屋敷戻ったらマークス兄様で手を打ちなさいよ。タダで見放題よ。でも何度でも言うわよ。答えはNOよ。ダーク様のいない訓練場なんて足を踏み入れる価値はないのよ」


「分かっておりましたが、これもほんの僅かな期待でも持ちたいメイド心から来る茶目っ気でございます。広い心でお許し下さいませ」


「ルーシーの茶目っ気はぐいぐい来るから油断ならないわ。貴女本当に応援してくれる気持ちがあるんでしょうね?ほら行くわよ」


 名残惜しそうにしているルーシーを引きずりながら、B訓練場へ急ぐ。



 塀に囲われた訓練場は前世の競技場を小さくしたような感じで、周囲にぐるりとベンチ席が置かれており、ぽつりぽつりと人が座っている。

 家族や友人などの応援に来てると言うような人の割合が多そうである。


 そろそろ訓練が始まるのか、わらわらと隊の兵士が入ってくる。何故か皆様イケメン揃いだ。あー、こっちだとイマイチな人達だったわね。私には眼福以外の何物でもないのだけど。


 私は一番前のよく見える席にルーシーと座り、目を凝らしてダーク様を探す。


「………いたわ………」


 準備運動に余念のないダーク様は、今日も安定の神々しい美しさを放っていた。


 細身に見えるのに、かなり鍛え上げられた筋肉がついているのがシャツ越しに分かる。前髪を少し鬱陶しそうにかきあげる姿は美の化身である。


「………尊い………あー穢れた心が浄化される………」


 身を乗り出し思わず拝みそうになる私を、


「お嬢様、淑女の仮面が剥がれるのでお止め下さい」


 と止められた。


「………ごめんなさい」


 1ヶ月ぶりのダーク様に大興奮した私には周りに気を配る余裕はなかったのだが、暫く大人しく訓練を見ている内に、何か部隊のお兄さん達にチラチラと見られている事に気づいた。


「ルーシー、さっきので私が腐女子だとバレてしまったのかしら?何か視線が痛い感じなのだけど」


「相変わらず自己評価低いですねお嬢様。お嬢様みたいな綺麗な方が訓練を見に来てるんですから、そりゃ熱い視線は来ますでしょう。女神降臨みたいなものです」


「なにさっきはディスって今度は誉め殺しなの?でもダーク様とはちっとも目が合わないのに。

 いくら他の殿方もイケメンとは言え、ダーク様とは比べ物にならないわよ。中身の高尚さがオーラで漂ってるほどじゃない。本当に素敵。奇跡ね。あれは急がないと危険だわ。取られる。

 他のどうでもいい人と目が合ってる場合じゃないのよ、ダーク様一人と目が合いたいだけなのよ」


「いっそ清々しいほどの一途な暴走気味の病み属性。まあ隊長様ですから、部下に眼を配らないといけませんし、後でお話出来るでしょうから我慢して下さいませ」


「そうね。祖母の形見、祖母の形見、と。………あら?終わったのかしら」


 私とルーシーが話をしてる間に、騎士団の人達がガヤガヤと備品などの片づけを始めていた。


 私達は急ぎ裏口の方に周り、ダーク様の出てくるのを待った。


 するとそれほど待つこともなく部下らしき男性と話をしながらダーク様の姿が現れた。



「あのっ、ダーク様っ!!」


 逃すまいと張り上げた私のでかい声に驚いたのかダーク様の肩がびくっと上がり、目を見開いてこちらに歩いて来てくれた。

 嬉しいけど神々しさが眩しい。


「リーシャ嬢………お久しぶりです。今回はどうされたのですか?」


 ダーク様はそう呟くと、こちらからの話を促すように耳を傾けた。


 さっきまで訓練で体を動かしていたせいか、光る汗に顔が上気して、暑いのか少し頬まで赤くなっている。


 白いシャツのボタンが第二ボタンまではずれており、神々しさと大人の色気の波状攻撃に五体投地してしまいそうになる。


 くっ。理性を保つのよリーシャ!


 淑女の礼を取りダーク様を見つめる。


「先日は色々ご迷惑をおかけ致しました。

 あの時使ったハンカチなのですが、………実は亡くなった祖母の形見なんですの。それでもしまだお手元にありましたら、後日お返し頂ければ、と。

 いえもちろん、お仕事も忙しいと思いますし、お休みの時でも仰って下さればいつでも取りに伺います。

 それと、助けて頂いたお礼にもなりませんけれど、私が作ったクッキーですの。宜しければお召し上がり下さいませ」


 そっと手渡したラッピングにまで気を遣った自家製クッキーをダーク様に手渡す。


「………っ、済まない。有り難く頂く。

 それと、あれは祖母殿の形見だったのか。そんな大事なものを自分なんかの血で汚してしまって大変申し訳なかった。いつでも返せるように洗って置いてある。すぐに取ってくるから少しだけお待ち頂けるだろうか?」


「………え?お持ちなの、ですか?」


 ちよっと待ってちょっと待って。

 なんですぐに返せるとこに持ってるの。

 それじゃデートの約束が。


「どうしたリーシャ嬢?どこか具合でも………」


 明らかに動揺し目を泳がせた私にダーク様が心配そうに問い掛けてくる。

 どうする。どうすれば正解なの。

 非常事態よルーシー!


「あ、あのっ………」


 それでもなんとか言葉を紡ごうとした私は、いきなり横にきたルーシーに恐ろしいスピードで鳩尾にグーパンを放たれ、えらい痛みと衝撃が走る。

 息も止まり、立っていられずに蹲る。


「まあっリーシャお嬢様!ですからいくらシャインベック様にお会いする為とは言え、体調の良くない時の外出はお止め下さいとワタクシあれほど申し上げたじゃありませんかっ!!

 ………シャインベック様、大変申し訳ございませんが、ハンカチは後日お返し頂けるよう機会を改めさせていただいても宜しいでしょうか?」


「あ、ああ、そんな具合の良くない時にわざわざ来て貰って済まなかった。こちらから改めて休みの日を伯爵家に連絡させて頂こう。

 リーシャ嬢、くれぐれもお気をつけて」


 まだ声も出せなかった私は涙目でコクコクと頷いて頭を下げると、ルーシーに支えられながら待たせていた馬車へヨロヨロと歩いて行くのだった。





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