第7話 レッスン1「デートに誘おう」

 デビュタントから10日ほど経った。


 パパンがひっきりなしにやってくる見合い話に、だからイヤだったんだよぅぅ、とうるうるしながらも、


「うちの世界一可愛い娘を後妻にしようとは。死ねばいいのに」


「アイツは顔はいいが女性をとっかえひっかえしてるじゃないか。死ねばいいのに」


「リーシャより3つも下の成人もしてない甲斐性なしのクソガキが。厚顔無恥にも程がある。死ねばいいのに」


 などと不穏な呟きを撒き散らしながら、ちぎっては投げちぎっては投げしてくれているので、暫くは防波堤になってくれるだろう。



 んー、でもごめんねパパン。

 既に嫁入り先は決めてるのよ。

 いや、その前にまず落とさないといけないのだけど。



 この10日の間に、お茶会2つと大きめの立食ディナー形式のパーティ1つをこなした。


 お茶会では、人生の縮図のような大変に濃厚なお嬢様同士の人間関係を学び、パーティではマークス兄様と踊った後、脚を痛めた事にしてダンスの誘いは申し訳なさそうに全てお断りし、有名なパティシエのスイーツだけ食べまくって失礼させて頂いた。



 もう面倒くさい。



 ダーク様の事がなければ一生引きこもりでいたかったわ。



 まあこれでお役目は果たして見事かどうかはさておき成人の仲間入りを立派に果たしてると言えるわね。



 その代わり、ストレス溜まりすぎて夜は寝る時間を大幅に削って小説に逃げたお陰なのか、まーペンが進む進む。


 出版元からは異性愛よりBLの方が売れるそうで、そればっかり催促されるのがなんだけど、まあ人気があるのはいいことよね。


 ちなみに、BLはイザベラ=ハンコック名義、異性愛はエリザベス=バーキン名義とペンネームも変えている。

 最近では「イザベラの薄い本」と言えば、大概の女性や一部男性が頬を染めるほどの知名度があるらしい。


 ………なんかこう、乙女としては喜んでいいのか嘆いた方がいいのか微妙な気持ちになるわ。いや、我が家の今後の為にも売れた方がいいんだけども。





「リーシャお嬢様、『ツンデレ侯爵の密やかな恋愛事情』、街中の本屋で平積みされてました!」


 私はノックと同時に頬を上気させて扉を開けたルーシーに慌てて立ち上がり室内に引きずり込んだ。


「しーっ、声が大きいのよルーシー!!家族に聞こえたらどうするのよっ!その場で人生詰んだも同然じゃないのっ!

 ………で、本当に平積みだったの?」


 ルーシーは買い物ついでに始終街の本屋をチェックしつつ、購入層のリサーチや、本についての立ち話をしている人達がいるとさりげなく聞き耳を立てては報告してくれる。

 売れ行きのいい本は多めに仕入れて、棚ではなく平積みでスペースを取ってくれるのだ。作家の端くれとしては一番ありがたく嬉しいお話なのである。


 「これもマネージャーの努めですから」とかこないだ得意気に言ってたけどあなた本業メイドだからね?忘れないでね?

 どれだけ私の小説好きなのよ。

 毎回毎回、原稿上がった瞬間から徹夜してまで読んでたら本業に差し支えるじゃないの。嬉しいけど。



「本当に本当に平積みですよ。いやぁ、とうとうリーシャお嬢様も売れっ子作家の仲間入りじゃございませんか。ルーシーは嬉しゅうございます。

 購入されたお嬢様達がたまたまいらしたのですが、『最近、イザベラさんの作品はお話から漂う萌えと色気がムンムンで、つい新しい本が出ると手が出てしまうのよねぇ』とか仰っておりました。

 よっ、恋する女性!流石リーシャお嬢様!!」


「やだわもう。恋する女性とかー恥ずかしいわー」


 私は手を振り照れまくった。


「そうそう、今回のツンデレ侯爵ですけども、すんなり騎士団の剣士様と幸せに行くかと思ったところにまさかの伏兵・パン屋の純朴青年との三角関係になるとは私でも予想出来ませんでしたわ。

 それもどちらも選べない位愛してしまった事を悔やみ別れを告げる侯爵に、『父と母どちらが好きかと聞かれても選べないのと同じように、選べないほど等しく愛される悦びだってあるんです。僕らはこれでいいんです』と二人に同時に抱き締められるとかもう【もげろ】と思われても仕方がないほどのプチハーレムぶりだとファンの方々の熱い期待で、もう一人二人増やして続編をと出版元から催促が」


「だからゾワゾワするから音読やめてえええっ!!

 ルーシー、貴女わざとやってない?

 それに二人以上のハーレム状態は絶対ダメよ。ただの多情なろくでなしになるわ。

 二択ってなかなか選べない事もあるじゃない?ライスとパンどっちが好きかとか、どっちも好きで選べなーいとかあるじゃない。だから多分納得は出来なくても理解はできると思うのよ読む方も。

 でもそれにワインとケーキとかまで加えたら、

『え?そもそもジャンル違くね?選択肢に入れんのおかしくね?』とかなるでしょう?」


「例えが分かるような分からないような。

 まあリーシャお嬢様の言わんとしたい事は解りました。

 さて棚上げしていたダーク様の件ですが、そろそろ動き出しましょうか」


「そうよそれよ。棚上げしすぎよ待たせ過ぎよ。

 どれだけ私が社交を頑張ったと思ってるの?それもこれもダーク様の為を思えばこそよ」



 実はこっそり何度か川へ釣り名目で訪れてはみたのだが、ダーク様の姿を見ることはなかった。

 そろそろ私はダーク様切れなのである。

 ダーク様が足りず禁断症状が出そうなのである。



 ルーシーは、ゆったりとハーブティーを淹れて私の前に置くと、「少々失礼します」と目の前に座った。ポケットから細かい文字が書かれたメモを取り出しテーブルに広げた。


「リーシャお嬢様、まずはダーク様をデートに誘わないと発展もクソもございません」


「ちょ、ルーシーったら下品よクソとか」


「男性の下事情を不特定多数に対し微に入り細を穿ち様々なシチュエーションで書き連ねてるお嬢様に言われたくはございませんが、それは置いといて」


「置いとくには許容出来かねるほどディスられた気がするけれど、それは後日の再考案件として。

 デートに誘うとはまた大きく出たわね。この私に初っぱなからそんな大勝負が出来るとでも思ってるのかしら?

 舐められたものね。腐女子が好きな人に活発に動けるのは二次元に限るのよ。伊達に18年も引きこもりやってないのよ」


「最初は無理でしょうね。しかしデートする理由があれば別です」


「………理由?」


 ルーシーはメモを見ながら、


「お嬢様はダーク様がケガをされた時にハンカチを使って縛ったと仰ってましたよね?」


「そうね。まあ釣りなんて結構手が汚れるしよく使うから、まとめ買いしてた安物だけれど」


「いえ、『大事な祖母の形見』としましょう」


「………は?」



「ほら!返して貰うためにお会いする『理由』がもう出来たじゃありませんか」



「………ちょっとルーシー、貴女天才じゃないの。前々から只者ではないと思ってたけど。さすが私の影武者兼ブレーン兼マネージャーね」


「頼んでもない役職を勝手に追加して頂いてありがとうございます。

 本業はメイドなのですが、まー恐ろしく手間のかかる主人がおりまして、必然的に密かに色々やらざるを得ないのに給料も据え置きというジレンマに苦しむ悩める20歳です」


「本人を目の前に、貶めながらも堂々と賃金交渉する鋼の精神は敵ながらアッパレね。お父様にお願いしておくわ」


「冗談ですよ。

 そんなこんなで明日は毎月恒例の騎士団の訓練の見学会がございます。

 腐ってない方の婦女子も含め、誰でも堂々と訓練場に出入りが可能となっております」


「まあ。そんなイベントがあったとは不覚ね。でもいきなり明日なの?心の準備期間もないじゃないの。

 まあともかく、そこでダーク様にお会いして、形見のハンカチを返してもらう為、という名目で別の日に会う約束を取りつける訳ね」


「左様でございます。まあお嬢様ならば、大概の男性は名目がなくてもほいほい出てくると思いますが、一応は理由付けしないとお嬢様が動きにくいだろうかと」


「ルーシー、本当に貴女が味方で心強いわ!」


「それと、手ぶらではなんですから手作りのクッキーでも持って行くと良いかと。

 最終的には殿方は胃袋掴めばこっちのものと母が常々申しておりました」


「まあ!いわゆる搦め手という奴ね!貧乏伯爵家で良かったわ。料理もお菓子も必然的に作れるようになったものね。

 ダーク様に食べて頂けると思うと作り甲斐があるってものよ。早速厨房へ行くわよルーシー!」


「かしこまりました」



 明日はダーク様の姿を見られると言うだけで私の心が浮き立つような思いがする。



 デビュタントと社交期間も含めて約1ヶ月近くもダーク様に会えていないのだ。



 ………ああ、忘れられてなければいいけど。







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