第5話 決戦前夜。
夕食。ダーク様が置き逃げしたマスが我が家の今夜のメインディッシュである。
「お父様」
「なんだいリーシャ?……あ、そうだ、このムニエルのマスはリーシャが釣ってきたそうだね。そう思うといつも以上に美味しく感じるねえ」
「…あ、いえ、……ありがとうお父様。
それでですね、あの、私も来週18になりますし、いい加減デビュタントに出ないといけないと思うの」
「ぼぐぇぽっっ!!」
ジェントルマンなパパンから聞こえてはいけないような噎せる声が聞こえた。
マークス兄様もビックリしたように声を荒げた。
「リーシャ!お前はまだ子供じゃないか。まだ早くないか?20とか25とか、いやいっそずっと社交なんかせずに家に居ればいい」
私は過保護な兄に冷ややかな視線を向けた。
「いやいやマークス兄様。20歳はともかく、25は完全に嫁き遅れですから。どんな不良債権ですか」
本来16で成人なのだ。下手すれば成人した日と同時に婚姻する人もいる国である。
いやー、世界が違うとは言え、高校生になりたて位の年齢で結婚するとか、早いよね本当に。
私が16になった時には、
「社交界に出したら完全に大人扱いになるし、こんなに美しく可憐で可愛いリーシャに交際やらいきなり婚姻を申し込む野郎がどれだけいると思ってるんだ!却下却下!リーシャ、お前は病気療養だ!」
などと大袈裟な被害妄想が両親と兄を苛み、病弱設定でここまで乗り切っていたのだ。
まあ、「ラッキー♪これで執筆に割ける時間も減らないわぁ~」と胡座をかいていた私にも責任はあるんだけど。
だが、逆に言えば最低限のラインで苦手な社交もこなさないと、成人として扱われない、と言うことでもある。
ダーク様が、社交界にも出てない小娘にいくら言い寄られたところで、想いを受け止めることは出来ないだろう。幼女趣味として蔑まれるのは間違いない。
幼女じゃないけど。むしろ幼女に失礼だけど。
「成人前の娘と付き合うなどとロリコンか。まともな男のやることか」
「顔だけでなく心根まで醜くて浅ましい奴だ」
などと言われたら、またダーク様が不要な心のキズを負わされる。
何のために私が幸せにしようとしたのか本末転倒である。
これから心置きなくアタックする為には、まずデビュタントに出て成人アピールをかまさなくてはならないのだ。
18年もヒッキーだった私ではあるが、マナーやダンスなど一通りの淑女教育は必要以上にやっていたので、その辺はまあ問題はないはずだ。
正直、深窓のご令嬢ばりに傷つきやすく引っ込み思案なダーク様を落とそうとするならば、まず外濠から埋めて行かないと逃げられる。
いっそ既成事実でも作ってしまえばうまいこと行きそうな気もするが、私が告白した位で脱兎の如く逃げ出す人に期待するのは無理ゲーである。
そもそも告白すらからかうなと逃げる純情な人である。絶対本気にされていない。
そんな中、「すみません一晩でいいので大人の関係をお願いできませんか」などと私が言えるだろうか。
変質者待ったなしである。
石化したまま失神されてしまいそうだ。
それにしても、なぜヒッキーな私が肉食系にならなくてはいけないのか。
そもそも逆ではないかと思うのだが、対象はあのダーク様である。
私が攻めて攻めて、攻め落とすぐらいでないと何も発展は望めない確信がある。
天岩戸(あまのいわと)の前で踊りまくって神様を引きずり出すようなつもりでないといけない。
前世も含めて、このようなアグレッシブな攻め方をする羽目になるとは夢にも思わなかったが、それもこれもダーク様に本気度を分かってもらい、怯えないように無事捕まえて幸せにする為である。
女は死ぬまで女優だと何かの本に書いてあった。
私だってやれるはずである。
ちょっとルーシーにも相談してみよう。
私はグッと気合いを入れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「………お嬢様が、コイ?コイって、あの人の事を考えると胸が一杯で、の恋ですか?」
「それよ、それ」
私の部屋に食後のティータイムの準備をしていたメイドのルーシーは、目を輝かせた。
「釣りに行く位しか表に出ないリーシャお嬢様が一体どうやってそんなトキメキ案件を?」
私は、唯一の姉とも相談相手とも思うルーシーに、これまでの経緯を語った。
「………え?あの、王国騎士団の隊長のダーク・シャインベック様、ですか?え?どこにときめく要素がございましたか?」
ダーク様、わりかし有名人だったわ。
めちゃくちゃ強いし穏和なお人柄だけど、かなり残念なご面相、というのが周囲の認識のようである。
「いや、むしろときめく要素だらけじゃないの!!今の話ちゃんと聞いてたのかしらちょっと!」
「聞いておりましたとも!
………はあ、左様でございますか。ダーク様………昔から、リーシャお嬢様の異性の好みはおかし………個性的でしたし、そんなことも想定しておかねばなりませんでしたね………つくづく残念、いや惜しい………」
ひとしきり俯いて失礼極まりない発言をしていたルーシーは、気持ちを切り替えたようでキリッとした顔を上げ、私に微笑んだ。
「私はいつでもリーシャお嬢様の味方でございます!どんな殿方であろうとも、全面的にバックアップ致しますのでご安心下さい!」
「さっきから色々突っ込みどころはあるけれど、味方がいるのは有り難いわ。宜しくねルーシー」
「お任せ下さいませ。………ちなみに、どういった攻め方をお考えですか?」
「そこなのよ。ほら、私ずっと屋敷と川周辺しか活動範囲ないし、アグレッシブにとは言っても、具体的にどうこう、ってのが思い浮かばないのよ。いえ、それよりこの攻め方で果たして正しいのかどうかも………」
溜め息をついて紅茶を飲んだ。
「イヤですよリーシャお嬢様。『ジークラインは己の熱い猛りをビルに押し当て、「貴方の存在だけが俺をアツくさせるんです」と吐き出すように呟くと、噛みつくように激しく唇を奪い、涎までいとおしそうに音を立てて啜るジークラインに欲情を押さえられないビルは、ズボンのベルトに手をかけ、絡み合うようにベッドに倒れ込んだ云々』………とか新作で書いてるクセに何をそんな恋するウブな乙女みたいなことを。
ちなみにこの『湖畔の朝陽』、かなり売れ行きいいみたいで、出版元から増刷かかりました。今回はかなり深く切り込んだ関係性がアツいと、読者からのファンレターが倍増したそうですよ」
「いやぁぁぁっお願い音読しないでええええっ!!それとこれとは全く別物なのよおおおお!!私は乙女なのよおおおっ」
熱くなった顔を伏せテーブルで身悶えする私。音読ヤバい。自分の妄想が言葉にされると、なぜこうも居たたまれないのか。
ルーシーは、やれやれといった体で溜め息を洩らし、
「まあ、リーシャお嬢様がデビュタントから実践出来そうな現実的なプランを練りましょう」
と私の背中を撫でた。
「………ゴメンね。お願いします」
そして私の【ダーク様とラブラブになろう】作戦は静かに幕を上げた。
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