ぼくらの華麗なるバッドエンド
裏返しになった頭の奥のほうで、十四歳のエリカがうろたえる声が聞こえていた。
かわりに意識の表層に出てきたのは、六年後の彼女の後姿だった。
溢れる血臭。地面を叩いた彼の絶叫。彼女の乱れたポニーテールが激しく乱されて倒れ、その奥に白い横顔が少し見えて――――それっきり。
ニルの人生至上、前回はひどい最期になった。
アン・エイビーの登場なんて、ほんとうに意味が分からない。あの場面で、あの女が『本の国』に乗り込んでくるのは、完全に想定外のことだった。
ニルは、あの女が受動的な『害』だということを知っている。
あの快楽殺人鬼は、戦うための頭は使うが、それ以外のことには無頓着だ。
彼女は『行け』と言われたところに行き、許可が出たから思うがままに暴れる。彼女は属する集団から、そういう役割を求められていて、彼女自身も暴れるのが好きだから、それで良しとしている。利害関係があるからこそ、彼女は『使われてやっている』立場なのだ。
だから管理局の警備を掻い潜り、あの女を『本の国』へと呼び込んだ者が、必ずいたはずだった。
単純に考えるなら、それはセイズだし、ニルも70%くらいそう思う。それだけの判断材料は、今までの記憶の中にあり余るほどある。
ニルには、ビス・ケイリスクのように、未来と過去を見て全体の盤面を測る特別な『眼』などは無い。
同じ十年間を繰り返す中、いつだって目の前で起きることに対処するしかなかった。
タイミングなんてわからない。行動の正解がわかるのは、ことが終わった後であるのは当然だった。
ビス・ケイリスクは前回、突飛な行動に出た。今後セイズにバレることを分かっていて、セイズからの指令を遮断して、こちらとの接触をはかった。
アン・エイビーが現れる結末が、『見えた』のかもしれない。
ビスは、あの周回を捨てたのだろう。
――——それが『未来』への布石になると判断したから。
(だとしたら、僕らを助けに誰も来なかった理由が分かるな……)
吐き出す吐息が重苦しかった。
女の嬌声じみた甲高い笑い声が、まだ耳に残っている。
(晴光はきっと、僕を許さない)
ああそうか。と、腑に落ちた。
次に会う時、晴光はニルを罵るだろう。それが分かっているから、今回は体調管理を怠るなんてことになったのだ。
頭の芯が熱い。焼けるようだ。
記憶の奥にある故郷。
あの夏。七月三十一日。
佐藤幸一は『適応』できず、周晴光は幸運にも『適応』することができた。
その境遇を羨んだりはしない。
佐藤幸一には、晴光のような運動神経や、まわりを明るくできる性格なんて無かった。いたって平凡で、頭でっかちな少年だ。
ニルはニルになったからこそ、今の家族があり、エリカの相棒になれた。
この力だって、ニルでなければ得られなかったものだ。
羨ましくはなかった。
友人として、彼がどれほどこの国に『適応』するために奮闘してきたかを知っていたから、彼になりたいなんて思ったこともない。
ただただ……――――眩しかった。
『憧れ』が、近いのかもしれない。
(ああ、そうか……)
勝手に、十四歳で死んでしまった幸一の未来を託したような気がしていた。それでよかった。
小さいころに諦めた夢を、叶えつつある子供を見るような。
(そんな憧れを、勝手に僕は、きみに)
「ニルくんって安心するな」と、隣を歩きながら微笑んだ、桃色の少女の笑顔が浮かび上がる。
「だってニルくんって、エリカちゃんのことしか考えてない」
「僕の一番の目的だからね」
「うん。だからわたし、安心できる。それって目的に向かって真っすぐってことだもん。わたしと同じ」
ぴょん、と、ファンは長い髪を揺らして小さくジャンプする。
「迷っちゃだめな時って、あると思うの。わたしは晴光くんを優先する。だからニルくんは、もしどっちか迷うことがあったら、エリカちゃんを優先して」
「それは……」
「わたし、それくらいは頑張りたいのよ」
きっとあれは、彼女の中に隠されてきた
頭の奥の熱い芯が、目蓋の外へと溶け出して流れ出た。
「……僕って、どうしてこんなに勝手なんだろうね」
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