『異世界あるある現象』について真面目に考えていたら、ディストピアSF群像劇ができた。 ~ハッピーエンドに辿り着くまで、強制リセマラデスループ~
転生者は生存率が非常に高いですが、最も保護が難しい案件になります。
転生者は生存率が非常に高いですが、最も保護が難しい案件になります。
管理局は、魂というものを臓器のひとつと解釈し、存在を認めている。
異世界の技術には、『魂』に作用するものが数え切れないほどあるからというのもあるが、『転生者』という存在が、何よりも魂の存在を立証していた。
『異世界間転生者』は、その多くが『先天性の適合者だが、数値は非常に低い』という特徴を持つとされている。
ようするに、『体』は適合できないが、見えない臓器である『魂』は、その性質を要するらしい。
死などの衝撃で剥離した魂が、『適合』している世界へ流れ着き、生まれ落ちる。風に乗ったタンポポの綿毛のように。
綿毛と違うのは、ひまわりの隣で芽吹けばひまわりになり、薔薇の隣で芽吹けば薔薇になるところだった。
その特性上、管理局が持つ従来のシステムでは観測することが難しい。
肉体は現地の人と同じものなのだから、異世界間の移動に耐えられるかも個人差があったりと、『保護』にいたるケースは非常に少ないという。
『一回目』だったニルが、これらの情報を知るためには、赤ん坊から育つまで7年もの歳月を要した。
(僕がもとから適合値の高い生き物の体で生まれたのは、とてもラッキーだったな。天文学的な数値ってやつだ)
パタンと冊子を閉じる。
管理局に所属する人に渡される基礎知識の教本だった。
全面フルカラーで、イラストが中心になっている教本は、百五十ページほどもあることを除けば、保険屋のパンフレットのような印象を受ける。
それを胸に抱えたまま、お日様が差し込む板間の床へ、ごろんと転がる。
窓から逆さまに見える庭で遊ぶのは、五歳から十二歳の子供たちだ。
『本』の子供たちは、学校のかわりに塾に通う。下限はだいたい五歳から七歳。だいたいが、成人とされる十二歳で卒業となる。
塾の授業は午前と午後に別れることが多く、だいたいが片方だけを受け、あとは家に帰って家業を手伝うか、将来にみあった手習いをする。
ニルは五歳で入塾し、七歳で十一歳向けの教本を手に取ることができた。
ニルの本好きは入塾から三日と経たずに教員に知れ、それからコツコツと『難しい本も読めます』アピールを続けた結果だった。
そこに『転生者』の項目があったのだ。
十一歳となれば、成人まで一年を切る。
教本の情報量も、それだけ増えた。増えたうちの情報のひとつが『転生者』だったのだが、それは言ってみれば、それだけ『転移者』にくらべて『転生者』型の異世界人がこの世界に少ないということでもあった。
(『本』に転生した人って、他にもいるのかな……知りたいな)
『一回目』のニルは、何も知らなかった。世界の構造、自分に起きたこと、歴史。
ただの赤ん坊と同じ速度で世界を知っていくのは、ニルにとって、とても楽しい時間だった。
(知っていたら、もっと出来ることがあったのに)
『今』のニルは、そんな過去の自分にそう言いたくなるものの、あの頃の楽しかった思い出は、絶望的な現状で心の支えになってもいる。
(あの頃があったから、今頑張れるんだ)
『幸福とは、何も知らないこと』。それは誰の言葉だっただろう。
子供だったころの夢を見ながら、ニルは目覚めた。
『何回目か』の、十二歳の夏だった。
●
彼女と出会うのは、何度繰り返しても同じ場所と時間と決まっていた。
五月の十二日。午前が終わるころ、塾の帰り、田の脇にある細道で。
目の前で、トランクをかたわらに抱えた、髪に白いリボンをつけた女の子が転ぶ。
すれ違いざまにそれを見て、ニルは転がった荷物を拾って声をかけてやるのだ。
「だいじょうぶ? 」
「……ん」
立ち上がるとニルより少し背の高い女の子は、幼い顔を険しくしながら、土で汚れた爪先の丸い靴を、まっさきに指先でぬぐった。
うつむいたつむじが膝を叩くのを待って、ニルは青いワンピースの汚れを払ってやる。
警戒心無くされるがままの彼女に、ここまで育つまで一心に受けてきただろう愛情を感じていた。
「……ありがとうございました」
八歳のエリカ・クロックフォードは、成長後を思わせる美貌のまま、少しだけ無口で、怒ったような顔をした、笑顔の少ない少女だった。
言葉少なにお礼を言って、トランクを抱え直して去っていく彼女とは、一時間後にまた顔を合わせることになる。
おつかいの帰りの道端で、トランクを椅子にして座り込んでいるのを見つけて、ニルのほうから「もしかして迷子? 」と声をかけるのだ。
言葉を話すのも疲れ切った彼女を連れて、すこしのオヤツを屋台で買ってやったりしながら、ニルは管理局のロビーまで送り届ける。
まだ社交性を身に付ける前、警戒心の塊だったエリカ・クロックフォードは、この時の親切を忘れずに、少年への人見知りを解いていく。
交わした言葉は一語一句覚えている。
その中で、記憶と違うことがあればメモにしてリスト化する。
ゲームの攻略法を探すように、日常の中で変化を探す。
気が滅入るときもあるけれど、止まりそうになったときは、楽しいことを考える。
その『楽しいこと』の中身は、面白い映画や本だったり、その話を誰かとしている記憶だったり、その誰かの笑い声だったりする。
一度も気持ちが折れなかったわけじゃない。
そのたびに、思い出の中にあるあの日の会話や、笑顔や、時に涙を思い出して、戻ってきただけのことだ。
諦めかけても、諦めはしなかった。
その事実が、諦めかけるたびに
――――『次』こそは。
●
「……ニル、あなた大丈夫? 」
「え? 」
それは、ニル十六歳。エリカ十四歳の、九月のことだった。
「顔が真っ青よ。今日、暑いくらいなのに」
「そうかな? なんにもないんだけど」
「鏡見てごらんなさいよ。……ニル? 」
「そんなに? 嫌だな。……あれ? 」
膝が崩れる。ニルには、コマ落ちしたみたいに地面が見えていた。
「――――ニル!? 」
一瞬、頭の中に駆け巡ったのは、『セイズ』に何らかの手を打たれたのかということだった。
たとえば毒だとか、そういうもの。
しかし、この時系列で『セイズ』が手を出してくることは今まで無かった。
考察が、こんなときでも頭の中をぐるぐる巡る。
動かない体に、
(こりゃまずい)
そういえば、さいきんお腹が痛かったりしたかもしれない。
過去では無かったことだから、気を付けていたつもりだったのに。
(自分の耐久性を見誤った僕のミスだ――――)
ようするに、精神よりも体のほうが、限界を超えたのだ。
アン・エイビー事件の三か月前のことだった。
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