『セイズ』

「管理局職員に必要なのは、『共感』でした」


 セイズは顎を引き、視線を動かさず、ニュースを読み上げるアナウンサーのように背筋を伸ばして、そう口火を切った。


「考えてもみてください。この世界にあふれる多様な異世界人たちと、その生活について。

 この世界には、いくつかにジャンル分けされた人々がいます。

『本の一族』、異世界人、『適応』できる異世界人、『適応』できない異世界人、文明世界に生まれなかったもの、映画や音楽を日々浴びて育ったもの、言葉持たぬもの、文字持たぬもの、光持つもの、耳の長いもの、耳を持たぬもの、鼻の利くもの、腕と脚が二つずつあるもの、複眼、卵生、哺乳類、光合成する脊椎植物……。

 数え切れないジャンルの人々が、人の数だけ存在しており、この世界において『共存』することを求められます。


 それによって起きる軋轢トラブルは、管理局設立から今日こんにちまで、最も重要センシティブなことでした。

 ゆえに、第一部隊は、はじまりの数字を与えられ、設立以来、この軋轢センシティブを解消するチームとして存在しているのです」


 セイズの演説は続いた。


管理局職員われわれに必要なのは、いつだって『適合』であり、隣人への『共感』でした。

 すべての人々が互いへ『共感』すれば、適切な距離をはかり、ときには団結することも可能なはず。


 第一部隊は、表向きは『職員間の事件解決』が職務やくめです。しかし実態は違う。

 第一部隊われわれの職務は、『事件の防止』が第一の職務なのです。日々の平和のために、軋轢トラブルは回避されるべきでしょう。

 私、セイズは、そのために生まれてきた」


 セイズは、膝の上に揃えて置いていた手をほどき、手のひらを見せて自分を示した。


セイズは、『ささやかな魔法』として生まれました。どこで発生したか、セイズ自身にも証明するすべはありません。

 同名の魔法は、神話の中にあります。

 魔術の女神が宴の席、あるいは戦場で放った『素晴らしい魔法』が、つまり『セイズ』であると。

 どう素晴らしいのか、それは誰も知らない。失われた伝承の答えが、あるいは『セイズ』なのです。


 『セイズわたし』は争いを回避させる魔法ウイルスです。

 『セイズわたし』の魔法ウイルスにかかった人物はどうしを、『共感』させ、仲間意識を持たせます。

 人は、何をもって相手に『共感』するか?

 自分と同じものを相手に感じたときに『共感』するのです。

 『セイズわたし』という共通点を後天的に与えることで、本人が気付かない、ほんの小さな共感をもたらす。

 さながら、キュービッドの金の矢のように、相手を結びつける。


 言葉も、姿も、生態も違う異世界人われわれが、一つの共同体として生きていくためには、『セイズわたし』は必要不可欠な存在でした。

 肉体を環境に『適合』させるのは、セイズわたし自身にとっては、副次的な効果です。

 渡り鳥に種を運ばせるために、甘い果肉を持つのと同じです。適合度を上げるという効果は、『セイズわたし』をより多くの人間に摂取させる大きな理由になりますから、そう進化したに過ぎない。『セイズわたし』もまた、環境に適合したのです。


 このとおり。『第一部隊わたし』こそが、管理局の秩序の柱である。そのことは『セイズわたし』を知るすべてのものが、納得して頷くことでしょう。


 ただ、どうしても『セイズわたし』の効果が薄い人はおります。

 『共感』が行動の指針にないもの、もしくは『共感』こそが、暴力のきっかけになるものなどです。

 そうした方こそ、『第一部隊わたし』として働いていただいております。

 『セイズわたし』として目となり、鼻となり、顔となることで、この世界を改善する。素晴らしい仕事やくめです。

 排除すべき存在などいないのだと、『セイズわたし』さえいれば、その理想を実現できる。


 あなたは『セイズわたし』無しに、異形の隣人へ共感を示せますか? 食事の趣味が相容れない友と、どうやって食事をしますか?

 眼が二つしかないあなたに、目が六つある友と同じ景色が見えないように、現実は残酷なものでしょう。

 しかし街を見てください。理想は実現し、我々には秩序がある。

 この世界において、絶対的に必要な『魔法システム』。

 それが『セイズわたし』なのです」


 セイズは、にっこりと笑みを浮かべた。

 志村しむらあきらは絶対にしない、優雅で高慢な笑みだった。

  

「あなたはやりすぎた。ニル、管理局われわれの秩序を脅かした」


 雨が降っている。瓦礫と砂と、体を濡らしてく。


「ニル……いいえ、こう呼ぶべきですか?



 ――――転生者、佐藤サトウ幸一コーイチくん」



 セイズは自身のふくらはぎごしに、少年を見下ろして満足げに息を吐いた。

「『セイズわたし』は、あなたにわずかながら感謝していますよ。

 だってあなたが、佐藤幸一くんが『セイズわたし』をこのように変異させてくだすったのですから。

 あの日、あの時。最初の六年前に、この世界に『召喚』されたあなたの死に逝く細胞が、『セイズわたし』というウイルスを変異させたのです」


 足が少年の頭の上に置かれる。少しずつ、少しずつ、力がこめられていった。

 痛みに呻くニルの黄色い瞳を、自身のふくらはぎ越しに見下ろして、セイズは恍惚とした。


「三十四回。『セイズわたし』ですら長い時間でした……。そんな『セイズわたし』以上に、寂しくて悲しい三十五回目の十年間が、またあなたに襲い掛かるのでしょう。

 これはとても言いにくい提案ですが……そろそろ休んでは? 見れたものではありませんよ。あなたは何度、最愛のパートナーと仲間を殺すのですか」

 ニルの動きが、目に見えて小さくなった。呼吸は浅く、瞳は陰る。


「次は三十五回目。その数だけチャンスはあったのに、あなたは多くの命を無駄に殺してしまった。分かっているでしょう? 自分の罪を。

 知らないふりはおやめなさい。あなたは賢い人だから、気付いていないふりをしているだけ。『セイズわたし』にはわかります。

 もういいじゃあないですか。もう我慢の限界でしょう? また十年なんて、あなたには耐えられない。心がはちきれそうなのを感じますもの」


 言葉が染みていく。魔法のように、精神こころに重くのしかかる。

 真っ黒で土砂降りの雨が、その心を染めていく。


「次もきっと、うまくいきませんよ。だってこの世界には『セイズわたし』がいますもの」


「……明」

 呼ばれて、セイズは志村明の顔を上げた。

 小鳥遊忍が険しい顔でセイズを睨みつけ、銃口を向けている。


「あなたの幼馴染は、もう戻りませんよ」

 セイズは微笑んで、額を指差した。


 銃声。地面をえぐる。幼馴染を打ち損ねた手からこぼれた凶器は、濡れた地面に落ちて鈍い音を立てた。


「へたくそ」


 そのとき、もう一発の弾丸が、志村明の額を穿った。


 ビス・ケイリスクは、引き金に手をかけたまま、膨れ上がる黒に飲まれていく。



 ――――暗転。

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