『異世界あるある現象』について真面目に考えていたら、ディストピアSF群像劇ができた。 ~ハッピーエンドに辿り着くまで、強制リセマラデスループ~
任務中に限らず死亡した職員の遺族には遺族年金が下ります。
任務中に限らず死亡した職員の遺族には遺族年金が下ります。
「スティール。スティール・ケイリスク」
大会議室から出てエレベーターに乗り、さて、担当者らしく地下のリンに顔を出してこようとロビーを歩きだしたところだった。
ロビーでスティールを待ち構えていたらしい第三部隊長、ミゲル・アモが、スティールを呼びながら、短い足でのそのそ駆けよってきた。
「ミゲルさん」
「おう。久しぶりだな。弟ともども元気か? 」
「とくに変わりは。お時間、大丈夫なんですか。お忙しいでしょう」
定型的な社交辞令だった。スティールのほうに、部隊長格と弾む話題になるようなカードはない。
ミゲルは、そんなスティールの心中を敏感に感じ取り、鼻で笑う。
「会議。ライアンのオヤジのおかげで早く終わったからな。時間、ちぃっと作ってくれや。ちょっと一杯だけ。な? 」
「お酒は嫌ですよ」
「知ってるよ。おまえの親父も下戸だったもんな。茶だよ、茶ァ」
懐かしげに目を細くするミゲルは、この管理局に君臨する五部隊長の一人ではなく、スティールを子供のころから知る父の友人の顔をしている。
「え~仕方ないなぁ、もう」
スティールもまた、『おっさんの相手をする生意気な若者』へと変じて、ミゲルのあとを付いていった。
「おごりなんでしょうね」
「バカ、俺ァ隊長さんだぞ。コーヒーブレンドで」
「じゃ、お姉さん。俺も同じのとデラックスマウンテンチョコレートパフェをひとつ」
「お前なぁ」
スイカの中身みたいなボール状のウエイトレスは、軽い予知能力があるという話は本当のようだった。十秒もしないうちにワゴンで運ばれてきた食物と飲料を受け取り、スティールはためらいなくスプーンを突き立てる。
「……うまいか? 」
「まあ、それなりっす」
「よかったよかった。弟とはどうだ? 一緒に住んでんだろ? 」
口の中の焼き菓子を嚥下して、スティールは肩をすくめる。おじさんとは、なぜみんな体調のことを聞きたがるのだろう。
「さあ。もともと互いの体のためと、家賃を折半するために一緒に暮らしてますからね。最近はあいつも仕事で忙しくって。俺も担当出来ちゃいましたしねぇ。同じ職場なのに勤務形態も違いすぎます」
「飯はどうしてんだ」
「まあ、冷蔵庫見ながら屋台のやつをチョチョッと買って帰りますかね。半分置いときゃ無くなってるんで、あいつも家には帰ってるんでしょう」
「ンだそれ、野良猫飼ってるみてえだな」
「そんなもんですよ、男兄弟なんて」
「そんなもんか。独身男二人暮らしだもんな」
ミゲルはコーヒーを一口飲んだ。
「……まあ、その、なんていうかよ。『あの女』の名前が出たからよゥ……久々に顔も見たら、気になってなぁ」
スティールはあえて軽く笑った。
「
「ああ、おれにとっちゃあ、友達の
コーヒーカップに向かって、ミゲルはフー……と長い息を吐いた。
「なんかあったら言えよな。音沙汰ねえと、おれは薄情なやつだからよ、友達の約束も忘れちまうんだ」
ハハハ、とスティールは大口を開けて笑った。隊長格という立場に見合わない愚直な親切心が、とてもむず痒かった。
●
第二部隊長トム・ライアンは、自らの城たる第二部隊局舎ビルへと戻るや、オフィスにセキュリティを施して閉じこもった。
痩躯をリクライニングにした椅子に横たえ、薄緑色のレンズをした眼鏡を外して眉間を揉む。ため息が出た。
「面倒なことを……」
数分かけてようやく体を起こす。
狭くはない隊長室には、書類のたぐいは少ない。
情報統括の第二部隊が扱う情報は、デジタル化されたデータが過半数を占め、必要あって紙に印刷したものは、厳重に隠されているからだった。
セキュリティ上、地下にある隊長室に窓は無いので、壁際にびっしりと並べられた小さな鉢植えたちには、紫外線ライトが当てられている。
立ち上がったトムは鉢植えの前を数分ウロウロして、疲れた脳を眼球越しに緑で癒すと、眼鏡をかけ直して内線を一本かけた。
「……私だ。一人寄越してくれ。そう、例の件だ」
いくらもしないうちに、オフィスのドアが開いた。
自らセキュリティを突破して入ってきたその人物には、事前に、一度だけこのオフィスに入ってくる権限が与えられている。誰にも、トムにとっての部下である第二部隊員にも、知られないことが重要だった。
真紅の外套は特別製だ。気付かれない限りは不可視となる。
「よく来た。セイズ。私は何度目だ? 」
「ごきげんよう、トム。『
「……そうか」
それは、会議に出席していた一番小柄な個体だった。
第一部隊長セイズは言う。
「あの件だろう? 実行するのかい」
「しなくてはな。まあ、我々にたどり着くことは無いとは思うが、早いほうがいい」
「承知した。……ふふ。実は会議の内容を聞いた時からね、こうなるだろうと思って、特別な個体を選んでみたんだ」
「ほう? どれだ」
セイズは面を取る。外套のフードを肩に落とせば、白い髪がこぼれた。
トムは笑い損ねたような顔をした。
「ウチの職員か。第一に引き抜かれていたとはな」
「守秘義務があるからね」
「まあ確かに……その個体なら適任だろう。……ビス・ケイリスク隊員」
青と金の色違いの瞳だった。それを瞬き、「はい」と背筋を伸ばした小柄な第一部隊の隊員からは、もう第一部隊長セイズの気配は感じない。
「任務内容は把握しているか」
「はい」
「児島凛を殺せ」
「はい。適切に『処置』します」
無感情に、ビス・ケイリスクは言った。
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