たのしい いせかい せいかつ④

「きみを二日間眠らせたのは、抵抗されちゃあきみも危険だからだ」

 翌日、渡された服に着替えたおれに、うさんくさい白髪ゴーグル男・スティールは歩きながら言った。


「この組織では、その作用を『適応』と『適合』という言葉で説明している。

 異世界で生存する最低条件とされるのが、


①異世界の環境に『適応』するか、


②もともとある潜在的な能力を引き出して『適合』するか、だ。


 きみの場合は②の、潜在能力を引き出して『適合』するタイプ」


 彼は歩き慣れたようすで、こちらに顔を向けながら身振り手振りを交えて話しかけてくる。

 ここは、やけに広くて天井が高いことを除けば、飾り気のない通路だ。

 一貫して窓が無く、等間隔に直角に曲がるので、方向感覚が分からなくなる。

 病院というよりも、もっと違う……。ああ、そうだ。映画に出てくる地下実験施設とか、秘密結社のアジトだとか、そんな感じがある。ゾンビウイルス作ってそうだ。

 おれはおれがいたあの部屋が、それこそヤバイウイルスの感染者みたいに、隔離されていたのだと気づいた。


「②のパターンの特徴は、外見の変化が少ないことや、言語の習得が必要なかったりするかわり、肉体的なパワーアップをするのは少ない傾向がある。産まれたままの姿を保ったまま、安定して別の世界を行ったり来たりできる。……そういう傾向があるってだけだから、一概にみんなそうってわけじゃないけどね。

 ちなみに、①のパターンは? 聞きたいところだろ?


 ①の場合、最悪、外見どころか、生態的にも激変する傾向がある。『異世界転生』って知らない? あれは①のパターンに分類される。②と違って、手持ちの体では異世界の環境に『適応』できないから、現地の体を手に入れて『適応』するんだね。まあ、極端なパターンだけど。

 ①は外見的な変化が著しいことが多い。髪や目の色が変わるとか、もともとない身体の部位が生えてくるとか、『変身』しちゃうとか」


「変身……」

「狼男的な感じね。蜘蛛に噛まれた冴えない男、放射能を浴びて力を手に入れた科学者……。コミックでいうところの『ミュータント』だよ。外的要因によって肉体的な変化を起こして後天的に『適応』する。『進化する』と言ってもいいかな。変化に苦痛を伴うことも多いし、ショックで死んじゃったりもする。なお死んだあと必ず『転生』するわけじゃないよ」

 聞いていないことも、スティールは懇切丁寧に説明してくれた。


「この組織を、おれたちは『管理局』と呼んでいる」

「俗に? 正式名称は? 」

「あるけど誰も呼ばないね。防衛上の理由でね。基本的に文書でしか使われてないから、たまに見て『ああ、そういえばこういう名前だったな』って思うくらいだ」

「……それ、意味あんの? 」

「認知するために名前は必要だけど、大きく知られるのは困るのさ。『管理局』は、いわゆる秘密結社なんだよ。『誰も知らない私たちだけの国』ってわけさ。名前を知ってるのは、組織を認識している職員だけでいい」


「なあ、おれが隔離されてたのは、どういう意図? 」

「『危険だから』だ。あそこは無菌室だよ。ここに来たばかりの人は、いわば『重篤なアレルギー患者の可能性があるけれど、どのアレルギーを持っているか分からない』って感じ。きみのほうが、おれたちに害になる細菌を保有している場合もある。『管理局』にいるのは、きみと同じように『保護』されてきた異世界人たちと、その子孫なんだ。様々な環境のデータと照らし合わせて、各自が生存可能な環境を用意することができる」



 突き当りは、いちだんと天井が高く、建築機材を載せる大型トラックでも並んで通れるほどだった。

 明るく照らされた巨大な鉄扉には、対比するとネズミ用通用口みたいに見える扉がきちんとあり、スティールは慣れた様子でそこを通過した。おれたちは同じだけ天井が高い空間に出たが、次には隣り合った別の通路を歩きだしていた。

 スティールは、手のひらをこちらに向けた。


「『管理局』の目的は五つだ。

『異世界を漂流する遭難者の保護』

『保護したあとの支援と労働の提供』

『異なる世界における、技術、文明、文化の観点からの発掘と、実用に向けての研究』

『組織、国家としての自治』

『異世界漂流物による災害現象の撲滅』

 ここは『普通に生きていきたい人』にとっても、『普通に生きられない人』にも、それなりにしてくれるよ。きみにとっての楽園になるかは、おれには分からないけどね」


 扉を開ける。こんどは通常サイズの通路だ。

 清潔感はそのままに、いくらか無機質な感じが減り、企業ビルの廊下のような感じになる。

 その印象を証明するように……人の声が聞こえた。


「あら、スティールさん」

「…………」

 軽やかに声をかけてきた二人組の姿を見て、おれは目を丸くすることになった。

 スティールは軽く手を挙げる。

「やあ、おはようございます。クリスタベルさん、ハリーさん」

「はじめての見学ですか? 」

 朗らかに弾むような声で、小さいほうが言う。

 二人はそろいの赤い制服を身に纏っている。肩に飾り紐が垂れた軍服風の上着に、揃いの帽子を載せていた。

「…………」

 大きいほうは、一貫して黙りこくっていた。


「ええ、最初の『慣らし』です。これから説明のために面談室に行くところで」

「そう。じゃあ本当にこれからって感じなんですね。……ここはそんなに悪くない場所だから、頑張って」

 最後は小さいのがおれに対して笑顔を向けて、二人組は『ヒズメの音を響かせて』、去っていく。

 通路の天井が高い理由が分かった。


「さっきのは、サテュロスのクリスタベルさんと、リザードマンのハリーさんだ」

 

 スティールが言う。

 サテュロスのほうは、おれの胸ほどの身長しかなかった。

 小麦色の金髪で、頭の横から突き出たねじれた角があり、角に添えられるようにして小さなよく動く耳があり、下肢は髪と同色の毛皮が覆っていた。二足歩行する爪先は、たしかに黒いひづめで、たしかにその足でコツコツ歩きながら、廊下の向こうへ去っていったのだ。その後ろ姿に、小さな尻尾も確認できた。


 もう一人は、言うなれば『トカゲ女』だった。

 3mはあった。

 青白い肌を覆う青や紫の鱗。切れ目のような鼻すじ。縦に割れた瞳孔が浮かぶ黄金の瞳。紫のまっぐな長い髪と、めりはりのある女体の腰から繋がる、長大な太くて逞しい尻尾…………。


「あ、あの人たちは――――」

「うちの名物受付嬢だよ。美人だろ~? 写真集も出てるんだぜ」


 そんなことを聞きたいわけでは無かった。

「……あの人たちは、①と②、どっち? 」

「②、だよ。これは秘密ね。ほら、こういうのって個人情報だからさ」


 ここは、おれにとっての『楽園』になり得るのだろうか。

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