健康面での保障も充実。

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 同期に、エリカ・クロックフォードという少女がいる。

 つやつやした長い黒髪に、猫に似たかたちの紺色の瞳。小さな口と、高いが主張過ぎない鼻。陶磁器のような透ける肌。

 まずこのとおり、顔が良い。頭が小さく、首は長く、手足も長く、引き締まるところは引き締まっている。つまりスタイルがいい。

(ディズ〇ーのお姫様みたい)

 というのが、彼女に対する晴光の第一印象だった。

 なんともいえない洗練された佇まいや、馴染みの薄い白人っぽい顔立ちが、そういう感想を抱かせた。


 彼女は今日も、よく梳かした髪を長いリボンでまとめ、ひだが綺麗にアイロンされた上品なブラウスと、膝を隠すほどの丈をした青いスカートを着ていた。

 片手で胸元のブローチをいじりながら、そう広くはないエレベーターホールにある観葉植物の隣で、広告写真のようにたたずんでいる。昨日の任務のときの婀娜あだっぽい恰好は例外中の例外で、ふだんの彼女は清楚な装いを好んでいた。

 そんな彼女のうつむいていた視線が晴光をとらえ、眉が上がった。


「おはよう。あなたの順番、抜かされちゃったわよ」

「いやぁ、今日だって忘れちゃっててさぁ」

「だと思った」


 今日は、月に一度の定期健診の日だった。ただの健康診断である。


 人間が違う世界に行くことになるキッカケは、疾患と同じように『後天性』と『先天性』の二種類がある。

 『管理局』の定義によれば、後天性の場合は『完全に人為的な作用により転移が起きた場合』。

 先天性の場合は『遺伝的な作用により転移が起きた場合』を指す。

 晴光の場合が後天性で、エリカは先天性だった。


 世界というのは様々で、観測できる星の数よりはるかに多く、その生態系はバリエーションにとんでいる。

 ゆえに、転移が起きたばあい、魚が陸の上で生きられないように、その世界環境に『適応できない』ことがままある。

 この適応能力は、先天性の場合はもとから素質が備わっているのだが、後天性の場合は、その能力も後天的に獲得しなくてはならなかった。

 ゆえに後天性の異世界人は、生存確率が非常に低い。

 晴光のように後天性で、左腕は失くしたにしろ結果的に健康体を保っている例は、管理局全体を見ても非常に珍しくて幸運な事例になる。

 この月に一度の検診は、そうした適応度の数値が安全値に達しているかを確認するためのものなのだ。


 目の前で少女の腕から血が抜かれ、特殊な機械にかけられた。

 見慣れたアンドロイドの女医は、顔はきれいだが、下半身に金属製の精巧な昆虫の足がついている。


 手慣れたようすでまくり上げた袖を戻すエリカは、予想通り、適応度オールグリーンを出した。彼女はこの適応診断でほとんど数値が変わらないという、数%しかいない特異体質である。これはつまり、エラ呼吸と肺呼吸を水陸で使い分けることができるという感じだ。

 晴光も後天性のわりに安定しているほうだが、気を抜くとすぐに数値が下降する。案の定、今回は「多めにお薬の申請しておきますね」と言われてしまった。


「先月と先々月は大丈夫だったのになぁ」

「まだ移植して十年たってないんでしょう? 気にするほどじゃあないわよ」

「でも、適応度が安定しないと仕事に出られねーじゃん。審査もあるし」

「仕事中に倒れられたら本人も周囲も困るもの。データでふるいにかけるのは、必要なことだと思うわ」

 受付で処方箋をもらい、連れだってエレベーターに乗る。


「データがあれば、検証ができる。管理局の理念のひとつは、『未知の解明』だもの。こうして集めたわたしたちの一部が、その解明に生かされる。いいものじゃない」

「そーいうふうに言えんのはさ、エリカが解明する側の人間だからだって。おれは自分の一部が知らないところで実験に使われてると思うと、なんか怖いね」

「あらゆる勉学はグロテスクなものよ。芸術家だって、自分の精神を解剖しているようなものだもの。宗教家なんて特に、精神を解剖して言語化するわけだから、そうとうな外科医よ」

「エリカって難しいこと言うよなァ」

「性分なのよ。お気になさらず」

「気にしてない。なんとなく面白い話なのは分かる」

 エリカは片眉を上げ、唇の端を上げる。ブラックコーヒーのようなシニカルな笑みである。「ありがとう。私も、あなたと話すと気持ちが良いわ」

 嫌味っぽくない絶妙なトーン。ぶ厚い睫毛の束がついた左目がウインクする。

 しかし彼女は、ふと真剣な顔になって続けた。


「晴光。もしあなたが自分の数値に不安があるなら、『本』のドナーとコンビを組むほうがいいわよ。わたしとニルみたいにね」

「まあそうなんだけど」

 言いよどむ晴光に、エリカは畳みかけた。

「いずれあるかもしれない、ひとつの可能性の話って考えて。あの子は、きっとOKしてくれるし、あなたにはあの子しかいない。それってね、彼女からしてみれば嬉しいことだと思うわ」

「でも、コンビを組んだら俺と任務に行かなくちゃいけなくなる。危険だろ」

「あなたが守ればいいじゃない。コンビって、そういうものでしょ」

「ニルは大人だし、男だろ」


 エリカは首を振り、たしなめるように言った。

「わたしは女だし、ニルより年下だわ。あの子はあなたより年下の女の子でしょうけど、あなたが思っているよりか弱くないと思う。知識と技術があの子自身とあなたのことも守るでしょう。管理局側も、パートナーは男女のほうが『シンクロ』するリスクが少ないって推奨してる」

 あらかさまなお節介に不機嫌になりつつある晴光の視線をまっすぐ受け、エリカは言い放った。


「ごめんなさい。わたしね、可愛いあの子の味方なの。よ~く考えてあげて」


 そう言った彼女の背後で、エレベーターの扉が開く。

 唸る晴光を置き去りにして、彼女はまるで映画の主人公のように、光の溢れるロビーへと颯爽と歩いて行った。

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