第2話小隅さんの歴史、略して小史(こし)
小隅 夕、もとい小隅さんは幼い頃から変わった子どもであった。
隙間に向かって手を振ったりすることが多々あるのだ。
隙間とは物と物の間の空いた空間のこと。大きな物の隙間だったなら分からなくもない。
しかし、小隅さんは明らかに何も(虫などの小動物を除く)入れない隙間に向かって手を振る。
当時幼稚園児であった彼は、
「よーしぇーしゃんがいりゅの!」
と言って両親をよく困らせた。
小学生になってから、外向きには普通に振る舞っていた。それ以降も親しい友人以外にはその話をすることはなかった。
しかし。彼には見えていたのだ。
隙間に潜む「彼ら」のことが。
結論から言うと、小隅さんは気づいた。
自分が見ている「彼ら」は、普通では見えないはずのモノであると。
そして更に、その「彼ら」は妖精などという可愛らしいものでもなかった。
まずは小隅さんがよく体験する隙間に関する事例をあげようではないか。
①棚の下に物が入ってしまった。
小隅さん、屈んで隙間に手を突っ込もうとする。
ぬぅっと手が出てくる。この場合、手には物が握られている。小隅さん、絶叫。
若しくは、よくわからない小さな何かが隙間から物を運んできてくれる。小隅さん曰く、妖精さん。
②襖、若しくはドアが少し開いている。
隙間の闇に目が浮き上がっている。目だけが見える。
小隅さん、無視してすっと閉める。ナニモミテナイヨー。
③机の引き出しに欲しいものが入っている。
小隅さん、手を突っ込んで探す。
不意に、がしっと手を掴まえられる。
小隅さん、絶叫して手を振り払う。引きずり込まれたらヤバかった。
④本を探している。見つからない。
本棚の隙間が光っている。辿っていくと探している本が見つかる。
小隅さん曰く、妖精さんのお手伝い。
⑤ポーチ・カバン等のチャックが少しだけ開いている。
しばらく観察していると静かに手が出てきて、しゃっとチャックを閉める。
恥ずかしいらしい。
これの応用として、砂を吐かせている貝の口が突如閉じられるという迷惑がたまに起こる。
小隅さん曰く、この恥ずかしがりやさん♥キャッ☆
番外・室内の隙間にストーカーが潜んでいる気配がする。つまり、隙間に「生きている人間が潜んでいる」場合がある。普通は警察に助けを求めないといけない。
小隅さんの友人が1度被害に遭い、神聖な隙間を汚すとは!と妙に興奮した小隅さんが対策を講じることがあった。
その対策とは…隙間の前に鏡を置くこと。
結果は成功であった。
現実の隙間に潜んでいるストーカーを、鏡に映った隙間の中にいる小隅さん曰く妖精さんが鏡の中の隙間に持っていった様なのである。
妖精さん、結構えげつないことをする。
だが、ストーカーは犯罪。ダメ、絶対。
次に、なぜ小隅さんはいきなりこのようなことを言い出したのかということだが。
これは簡単な話である。
遥か昔、小隅さんがまだ立って歩けない程に小さな赤ん坊の頃。なんと、彼の両親が1食与えるのを忘れてしまったのだ。何もできない赤ん坊にとって1食でも食事を抜くというとは考えられないこと。死活問題である。
当然、小隅さんは泣いた。寧ろ、哭いた。
その時、たぷんと当時赤ん坊であった小隅さんの前に出されたのは温いミルクが入った哺乳瓶である。
またある時は、家に一人きりの留守番でおやつがなく、泣き出しそうになった彼の目の前に出されたのは1枚の板チョコである。
そう。つまり小隅さんが頻繁に「妖精さん」と言っていたのは、隙間から出てきたモノに餌付けを何回もされてきたからである。
簡単な話である。
というように、小隅さんはこれまでに妖精であったり、妖精?のようなものであったり、明らかに妖精ではないものたちと親交を深めてきた。弱冠小隅さんの中に間違った信仰心が芽生えはじめているのは否めない。
つまり、小隅さんは側に隙間があるかぎりその隙間から自分が見られていると思ってきたわけである。
「彼ら」は自分を見ている、と。
どんな時でも自分を見守っていると。
同時に、隙間へ引きずりこもうと狙っているのだと。
逆の言い方をすれば人も隙間を見ているとも言えるのであろうが、これは当てはまらない。
隙間はあくまで意識しなければ隙間として存在しないのだ。意図をもって作られた空間はただの間隔である。別のものと距離をおくための間隔なのである。
対して隙間には意図も意味もない。ただ漠然としてぽっかりと空間が空いているものが隙間なのだ。
何もない空間だからこそ隙が生まれ、隙間に棲み着く「彼ら」を呼び寄せるのだろう。
しかし、それらは意識して見ることができるものでもない。隙間は数えきれないほど身近にあり、意識しなければ無いにも等しい。
隙間を意識すれば、隙間に棲む「彼ら」を見ることができない。
小隅さんが言う「隙間の妖精さん」とは、なんとも矛盾した存在なのであった。
そして、25才になったばかりの梅雨の時期である。
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