お客様は仏様です。

工事帽

お客様は仏様です。

 その店は奇妙な空気に包まれていた。


 昼時。


 飲食店にとっては書き入れ時の時間帯だ。

 特に今は感染症の対策により、もう一つの書き入れ時、夜の営業時間が制限されている。

 昼食時こそが店にとっては貴重な時間であるといえる。


 しかしてその店は奇妙な空気に包まれていた。


 その原因は一組の客。


 店の入口には待っている客もいるというのに、食事が終わっても席を立つこともなく。

 マスクもせずに大声で会話を続けている男が二人。

 ウェイトレスがやんわりと注意をしても、無視。

 待っている客にとっても、食事中以外はマスク着用の指示に従っている客にとっても、その態度は不愉快。

 そして、ウェイトレスの再度の注意には、逆に文句を返す始末。


「マスクを強制する法律でもあるのか!」

「客に失礼なこと言ってんじゃねえ!」


 理不尽な恫喝に顔をしかめる他の客。

 そして事態は動いた。


 厨房に続く扉が開く。


 そこに筋肉が現れた。


 ウエイトレスの代わりに男たちの前に立ったのは、修行僧のような険しい顔をした大男だった。その頭は刈り上げられており、鈍い光を放っている。テカってる。

 しかしてその肉体は、とてもではないが飲食店で出会うものとは思えないほどに肉厚。


 この店のマスターであると名乗ったその男は筋肉の塊であった。


 料理をして得られる筋肉量ではないのは明らか。それとも料理とは筋肉であったのか。そして身に着けているものがブーメランパンツ一枚である意味とは。油がはねたらどうするのか。


 マスターはすっと両腕を持ち上げ、フロントバイセップスをきめる。


「でかいよ!」

「キレてる!」

「ナイスバルク!」


 つかさず飛ぶ常連客たちからの声援。

 これには声を荒げていた二人の男性客も黙らざるを得ない。


 マスターは腕を下ろしフロントリラックスに移行する。

 そして彼はこう言った。「お引き取りください」と。

 しかし残念ながら、それで引き下がるほど二人の男は大人ではなかった。


「うるせえ! お客様は神様だろうが!」


 マスターは横向きに足を置き、上半身を捻る。サイドチェスト。


「仕上がってる!」

「デカい!」

「肩に特盛のせてんのかい!」


 常連客の声援を背に、マスターは口を開く。


「生憎うちは仏教徒でしてね」

「じゃあ仏様かよ! 俺たちは客だぞ!」


 マスターの眼光が鋭く光る。


「そこまで言うならいいでしょう。仏様になって頂きましょうか」


 その直後に男は椅子から無様に転げ落ちる。

 見ればマスターはフロントラットスプレッドの体勢。しかし腕が若干前にある。

 転げ落ちた男は動かない。その頭は左右が凹んでいた。


「な、なにしやがる!」


 残った男の言葉に返す、マスターの言葉はどうだ。


「希望通り、仏様にしてあげただけです」


 そしてマスターは残った男の顔に手をかける。


「因果応報自業自得。来世では徳を積むとよいでしょう」


 そして男も沈黙した。

 最後の決め技はサイドトライセプス。上腕三頭筋に締め落されたのだ。

 南無阿弥陀仏。

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