第15話 終わりへむかう話 前編

「志度さん……あなたが悪いの」

 チアリの言葉。ユリがそれを理解する前に、突然衝撃が襲った。チアリが持っていたカバンで顔面を殴ったのだった。

 ユリはアスファルトの上に倒れる。

「なにが」

 上下の感覚がつかめず、ユリはすぐに起き上がれない。

 視界の隅にフレームが歪み、レンズが割れた眼鏡が落ちているのが見えた。さっきまでユリがかけていたものだ。

「全部、全部、志度さんが悪いの」

 チアリは馬乗りなると、ユリの制服のブレザーのポケットを探り、小銭入れを取り出した。

「私には、これが必要なの」

 チアリは隠すように小銭入れを自分のポケットに入れ、足早に立ち去る。

「待って……それは」

 ユリは手を伸ばすが、届かない。

 ユリは言葉にならない、うなるような声をだしながら、よろよろと立ち上がり、駆けだすと、その勢いのまま、チアリに飛び掛かった。

「返せ!」

 ユリはチアリを押し倒す。

 チアリは抵抗するが、ユリはそれを押さえつけながらポケットを探り小銭入れを取り返す。

「これはお前にあげられるようなものじゃない! 困ってるなら私がなんとかしてやる! だから、これは、返せ!」

 ユリが怒鳴りつけると、チアリは抵抗をやめた。

 ユリはそっと、チアリの上からよけ、立ち上がる。

「なんでこんなことしたのさ。困ってることあるなら、相談してくれたらいいのに」

 ユリはハンカチを額の傷にあてながら、眼鏡を拾う。

 眼鏡は壊れて、一目で使えないことがわかる。

 ユリは眼鏡をポケットに入れた。

「……ごめん。ごめんなさい。志度さん」

 チアリは道路に座りこみ、涙を流していた。

「チア、マコトって呼んでっていったじゃん」

 ユリはチアリに手を差し伸べた。


 近くの公園に移動して、ベンチに並んで座る。

「で、なにがあったの? チア。私が悪いって、どういうこと?」

 ユリはそっと、優しい口調で尋ねた。

「私、小学校のとき転校してきたっていったけど、なかなか、学校に馴染めなくて。でも、そんな私に声をかけてくれたのが、あの三人だった」

「三人て、前に教室で一緒にいた?」

 ユリの脳裏に、ある女子三人組の顔が浮かんだ。

 太ったのと、歯並びが悪いのと、それからリーダー格のキツネ顔。三人とも同じクラスだが、名前は憶えていない。

 チアリは小さくうなずく。

「あの三人が、声をかけてくれて、仲良くしてくれて……。はじめは、のど乾いたけど、お金ないから貸してっていわれて……」

「貸したの? 返ってきた?」

 チアリは首を横に振る。

「返してっていったら、友達に催促するなんていやらしいヤツだ、っていわれて、それっきり……」

「で、そっからどんどんエスカレートしてったんでしょ? 金額が増えたり、無茶なこと頼まれたり。あ、アンタ万引きとかしえないでしょね!」

 チアリは驚いたような表情を浮かべる。

「なんで、わかったの?」

「って、アンタやっちゃったの!」

「やってない。やってないよ。やれっていわれたけど、どうしても嫌で、逃げたら、その後殴られて、蹴られて……」

 ユリは大きな大きなため息をついた。心底呆れているようだ。

「アンタねェ、それでなんでアイツらとつるんでるワケ? さっさと切っちゃいなよ」

「私が髪型変えたとき『かわいいね』って誉めてくれて『私たちずっと友達』っていってくれて……それに、一人は寂しい、恐い。ボッチだと思われたくない!」

 チアリは叫ぶ。一方でユリは冷めた口調だ。

「それで、今、アイツらと一緒にいて楽しい? これからもずっと一緒にいたいって思える?」

 チアリはうつむき、黙り込む。

「まあいいわ。それで、私を狙った理由は?」

「あの三人、志度さんのことが嫌いなんだって。小学校の、もうすぐ卒業ってときにいきなり転校してきて、髪染めてるし、男子にモテるし」

「モテるの! マコトってモテるの!」

 ユリは思わず大きな声を出す。

「知らなかったの? 男子たちよく、志度さんってちょっと近寄り辛いけど見た目はいいよね、って話してるよ」

「なるほどね。男子からは高嶺の花と見られ、女子からはそれを妬まれていて、マコト本人はクラスに馴染めないと悩んでいた、というわけね」

 ユリはみけんを押さえる。

「志度さん?」

 チアリは心配そうにユリを見る。

 ユリは大きく息を吐くと、チアリに顔をむけた。

「で、どこなの?」

「どこって、なにが?」

 ユリは立ち上がる。

「あいつらとの待ち合わせ場所よ。どうせ、私の財布を盗んで持って来いっていわれたんでしょ? どこで待ち合わせしてんの?」

「えっと……JRの駅前のコンビニ」

「アンタは家に帰りなさい。それで、いつもと同じように過ごすの。いいね」

「志度さんは?」

「一人が寂しいなら私が……ううん。マコトが側にいる。だから、アイツらとは手を切りなさい。あと、私のことは『志度さん』じゃなくて『マコト』って呼んで」

 ユリは「ねっ」といって笑うと、コンビニにむかった。


 駅前のコンビニにやってくると、店の前の道路に太ったのと、出っ歯なのと、キツネ顔の三人組がいた。

「やっ、こんばんは」

 ユリは笑顔で挨拶する。

 それを見た途端、キツネ顔は舌打ちをした。

「お前が来たってことは、あのクソチアリはしくじったのかよ」

 ユリはその場に両膝と、手をつく。

 土下座だった。

「お願い。もう二度と、チアリにあんなことさせないで」

 一瞬、驚いたような表情を浮かべる女子三人組だが、それはすぐに悪い笑みに変わる。

「考えてあげてもいいけど、それなりに出すもん出しなよ」

 キツネ顔がいった。

「これで、二度とチアリと、それから私に手出ししないって約束して」

 ユリは小銭入れを差し出す。

 キツネ顔はひったくるように小銭入れを奪うと、中身を確認する。

「少ないわね。こんなんで足りると思ってるの?」

 キツネ顔はユリを見下しながらいった。

「足りるも足りないも、それが私に出せる全部で……」

 言葉を遮り、キツネ顔はユリの頭を蹴り飛ばした。

 アスファルトの上に倒れるユリ。その胸ぐらを掴んで立たせる。

「来なさい。足りない分は体で払ってもらうから」


 狭い路地裏。

「まあ、このぐらいにしといてあげるわ」

 女子三人組はそういい残すと、ユリの小銭入れを持って立ち去ろうとする。

「待って」

 ユリが呼び止める。建物の壁にもたれかかり、横たわっていた。

「もう、二度と、私とチアリには手出ししないって約束して」

 キツネ顔はユリの弱々しい声を鼻で笑う。

「約束だから、チアリには手出ししないわ。アンタは、ま、考えといたげる」

 取り巻きの二人はゲラゲラ笑う。

「あら。随分私のこと気に入ってくれたのね。でも残念。私はアンタらが大嫌いよ」

 ユリがいうと、キツネ顔はユリに唾を吐き、立ち去る。残りの二人も追いかけて去っていった。

「ったく。やりすぎよ」

 ユリの額には、たくさんの傷や痣が出来ていた。

 建物の壁を支えに立ち上がると、ヨロヨロと歩き出す。

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