第12話 制服の話

 鳥取県南東部を流れる八東川。

 川と並走するように伸びる線路を、若桜駅方面へ一両だけのディーゼルカーがコトコトと走っていく。

 その車内に、ポンとサナはいた。

 明日は一学期の始業式。新しい学年の一日目。

 ポンは選んでいいといわれた。元の体に戻るまで、若桜町の中学校に通うか、学校はお休みするか。

 ポンは学校へ通うことにした。

 そして今日、サナと一緒に文房具などの新学期に必要なものを買いにいったのだ。

「サナは、何年生になるんだっけ?」

 テーブル付きのボックスシート。

 ポンはテーブルに肘をつき、窓の外を眺めながら尋ねた。サナは正面に座っている。

「私は六年生だ」

「そっか。最後の小学校生活、楽しんでね」

 ポンはそっけなくいった。

「ポンは小学校、楽しくなかったのか?」

「前の前の学校は、友達も沢山いたし、校則も緩かったから。卒業の一ヶ月前に転校した学校は、馴染めなかった。しょうがないよね。このメンバーで卒業するんだってところに、私がいきなり入っていったんだもん。よそ者だよ」

 ポンは大きく息を吐いた。

「元の体に戻ったらさ、地元の中学に通うことになるわけ。それってさ、結局は小学校の延長なわけ。正直、ちょっと嫌だなって思っちゃう」

 ユリがこのまま永遠に見つからず、ずっとポンとして生きていけたらそれは幸せかもしれない。そんな考えも、ちょっと浮かんでしまう。

「私は、お前の選ぶことに口出ししないぞ。きっとお母さんも」

 サナがいった。

 口出ししない。つまり、ポンがポンのままでいたいといえば、ずっとここで暮らしてもいいということ。

「サナ、ちょっといい」

 ポンが手招きをすると、サナは身を乗り出して顔を近づける。

「いてっ」

 ポンはサナの額にデコピンをお見舞いした。

「私の方が年上だ。なのに“お前”っていうな」

 ポンはそういってから、窓の外に視線を移す。

「でも、ありがと。サナが……サナたちが優しくって助かる」


 家に帰ってくると、ポン宛に荷物が届いていた。

「ポンちゃんの部屋に置いといたから」

 サナの母の言葉通り、ポンが自室として使わせてもらっている和室。その畳の上に大きな段ボールが置いてあった。

 差出人はユリ付き人、シゲルだった。

 カッターナイフを借りてガムテープを切り、開封した。

 中には一枚のメモ書きと、それから中学の制服一式が入っていた。制服は、京都のお嬢様学校として有名なカトリック系の女子中学のものだった。

 メモを広げてみる。


『ポン様。ご無沙汰しております。中学校に通われると伺いました。そちらの中学校の制服を手配しましたが間に合いませんでした。代わりといってはなんですが、ユリ様がご通学される学校の制服を送ります。ご自分のものだと思って、自由にお使いください。』


 ジャケットを取り出し、広げてみる。

 見ただけで質の良さがわかる生地を、丁寧に仕立ててある。

「これ、着ていいんだよね」

 私服の上からジャケットを羽織ってみる。ぴったりのサイズだ。きっと、採寸してユリ専用に仕立ててもらったものなのだろう。もしこれから大きくなったらどうするの? という疑問がわいてくるが、きっとそのときが来れば、ユリは丸ごと

 一度、下着姿になり、今度は全部を着てみる。

 ブラウス、スカート、ジャケット、リボン。

「似合う……かな?」

 この部屋には姿見はない。

 自分の姿を鏡に写して見てみたいような、他のヒトにこの姿を見られるのがはずかしいような。

 ポンは障子を小さくあけ、音をたてないようにそっと縁側に出る。

 が、しかし、そこにコンとサナがいた。

「あ、ポンちゃん。それ制服? 似合ってるやん」

 コンはお世辞をいっているようには聞こえなかった。サナもうんうんとうなずく。

「それ、N女学院中学のヤツやんな」

 コンが口にした学校名はまさにポンが今着ている制服のそれだった。

「ユリのやつなんだけど、私が着ていいんだって。っていうか、コンさんN女学園ってどうしてわかったの?」

「私、京都の出身やから」

「もしかして、この学校通ってたの?」

 ポンの目が輝く。

「まさか、まさか。私は近所の公立中やった。お金もなかったし、仲良かった友達と別れたくなかったし、なにより勉強苦手やったから」

 コンはそういってはにかんだ。

 ふと、ポンは気が付いた。

「でも、この学校、カトリックですけどいいのかな?」

「どういうこと?」

 コンは首を傾げる。

「神社の神様に怒られないかなって」

 タヌキって、どちらかといえば教会より神社が似合いそうな気がする。完全なポンの偏見だけど。

 サナがちょっと考えてこたえる。

「まあ、気にすることじゃないんじゃないかな。確かに私たち化けギツネは神様に仕えている存在だけど、化けダヌキで神様に仕えているのは少ないし、少なくともユリは神様の元には属していないはずだから。どこの学校に通ってもいいし、どの宗教を信仰してもいい」

「ふーん。キツネとタヌキって一緒じゃないんだ」

 ポンがいうと、サナはちょっと不機嫌そうにいい返す。

「そうだぞ。一緒にしないでくれ」

 ポンにはよくわからないが、一緒にしてはいけないものらしい。

「あら、それ」

 そこに、サナの母もやって来た。

「ユリの家からです。明日から、これで通学していいって、送ってくれて」

 ポンがいうと、母は微笑みを浮かべた。

「その制服、懐かしいわ。私、N女学園だったの。ユリちゃんは私の後輩なのね」

 沈黙が流れる。

「え?」

 母以外の全員の声が同時に出た。

「私、そういうの気にしないモーン」

 ポンの脳裏に、そういいながらも、ちょっとだけふてくされているような稲荷伸――ウカノミタマノカミの姿が浮かんだ、気がした。


 次の日は、朝から雨が降っていた。

 ポンはサナと共に、傘をさして学校へむかう。

「あーあ。雨か。桜、散っちゃうな」

 歩きながらポンはいった。

「そうだな。でも、咲いている花は桜だけじゃないぞ」

 サナはそういってからニッと笑顔を浮かべた。

「サナちゃーん」

 そのとき、後ろから声がした。

 サナと少し遅れてポンが振り返ると、小走りで追いかけてくるヒトがいた。

 年はポンと同じくらいで、制服を着ているから七年生以上だ。

「おはよう。セリカ……だよな」

 サナは戸惑いながら尋ねる。少女の名は、セリカというらしい。

「うん。セリカだよ」

 セリカはそういって、その場でクルリと一回転。それにあわせてスカートがフワリ。

 そして、照れたように笑う。

「似合うかな?」

「なんか、セリカっていつもヒラヒラな服着てるイメージだったから、違和感が……」

 サナは語尾を濁した。

「あれは、お父さんが『女の子はこんな服が可愛いんだ』っていって、そういうのばっかり買ってくるから」

 それでも、父に買ってもらった服を着続けているということは、まんざらではないのだろう、となんとなく察するポンだった。

「ところで、そちらさんは?」

 セリカはポンに目をむけた。

「ポンだ。訳あって、今一緒に暮らしてるんだ。セリカと同い年だぞ」

「中村ポン。よろしく」

 サナに紹介され、ポンは名乗った。

「私、セリカ。よろしくね。その制服、前の学校の? あ、でも、同い年なら前の学校ってことないか。かわいいね」

 ポンは首を横に振る。

「これ、友達のなんだ。若桜の学校の制服が間に合わなくて、そしたら代わりに使っていいって、送ってくれて」

「すごい。可愛いね。お嬢様って感じ」

 会話を聞いていたサナは首を傾げる。

「制服ってそんなにいいものか? 私、前の学校制服だったけど、動きにくいしあんまり好きじゃなかった。汚すと怒られるって、学校で洗ってる友達もいたし」

 ポンとセリカは顔を見合わせる。

 そして、口を開いたのはセリカだった。

「サナちゃんにとってはそうかも。でも、私にとっては、制服を着られるっていうのは大人に近づいた証拠だから」

 それに続いて、ポンが口を開く。

「元々私、中学受験して私立にいくつもりしてたんだ。それなりに勉強頑張ってたから、自分の努力の証だったかな。結局色々あって、受験した学校にいけなくなったから、制服も売っちゃったけど」

 サナはわかったのかわかっていないのかよくわからない表情でうなずく。

「そんなもんなのか」

「そんなもんだよ」

 セリカがいった。

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