第18話 目覚めの抱擁
僕が意識をとり戻した時、デジーさんがいなかった。
そしてなぜか手が痛んだ。確認してみると植物の
とりあえず周囲にシーナの軍人の姿はないし、傍にいたマキナ・シーカリウスもリラックスした感じだ。どうやら眠っている間にゲーム・オーバーみたいな展開にはなっていなかったらしい。
しかしあれだ、この手はなんだ。
鋭利な刃物で切られたような跡があって、細い糸で傷口が縫合されている。そして蔓でぐるぐる巻き。なにがあったらこんなことになるのだろうか。なぞだ。
「マキナ、デジーさんとは合流した?」
「……」
ん? もしかして僕、嫌われてるのかな? それともマキナが寡黙なだけ?
そんな風にジッと見つめられると照れてくる。なんたってマキナは美少年、ただ見られているだけなのに緊張してしまう。
「マキナ?」
「アデュバルのデジー・スカイラーは狩り」
「そうか。僕が意識を失ってた時間、なにがあったのかを説明してもらってもいい?」
「……」
また沈黙、そして僕の表情をジッと観察してくる。
「なにか?」
「会話が、不得手」
「なぜ」
「マキナ、精霊を護衛する。傷つける、禁止されている」
「誰から?」
「マスター・パッチ」
パッチ……。
話の流れからするとハーデ・匠の精霊の加護持ちだろうか。
「つまりマキナは、言葉で僕を傷つけるんじゃないかって懸念しているわけかな?」
「肯定する」
ん? つまりこういうことか?
パッチは精霊の加護持ちの不遇ぶりにぷつんときて、マキナ・シーカリウスを創造した。マキナに出した指令は人を殺戮すること、そして加護持ちの保護。
「パッチの言うことは絶対なの?」
「断言しない。マキナ、マスター・パッチ以外の生き物との会話、ない」
「いままではパッチの指示に従うだけだったし、パッチと別れた後は殺戮三昧、会話する機会なんてなかった、そういうこと?」
「肯定する」
精霊の加護持ちがもれなくぶっとんでるのは知ってたが、暴走の産物ともなると、ここまでのレベルに引き上げられるのか。
人間と会話している気分になってくる。これが職人の手によって創造されたなど、とてもじゃないが信じられない。
「僕は君の思考回路とか哲学を理解するには、まだ時間が足りてない。そう思わない?」
「あるいは」
「だから、まず大切なことだけ最初に確認しておきたいのだけどいい?」
「受容する」
「君は僕や僕の妻に危害を加えるつもりはない?」
「マキナはマスター・パッチの指示を破る、しない」
「これから先、破ることもない?」
「未来は、不明瞭」
自分で思考する兵器、か。
アホな人間よりもよっぽどしっかりと話している。
「僕ら夫婦を傷つける可能性があるなら行動を共にすることは出来ない。パッチの指示を反故にして、僕らを攻撃するリスクはどれくらいだろう」
「アデュバルのデジー・スカイラー、レナンのジャバナ・ホワイトフェザーの両人、あるいは一方が、マキナを対象にした攻撃行動をする、マスター・パッチの指示録第一項二節【マキナの体はなによりも大切だよ。壊されそうだったら相手が加護持ちだろうと権力者だろうと関係ない、戦え。もしくは逃げろ】が適応される」
「つまり僕らが攻撃しない限りは安心ってことで構わない?」
じっと虚空を眺めて考え込むマキナ。
デジーさんもそうだが、美しい容姿というのは本当に得だと思う。ただ考えているだけなのに、なぜかとても高尚なことをしているかのような錯覚に陥るのだから。
「指示録第十三項七節【マキナはこれから成長していくんだ。可愛い可愛い娘の成長を見届けられないのが残念だけど、いまはクヨクヨしている場合じゃないね。いいかい? いままでの考え方が変わる日が来るかもしれない。恋をしたり、大切な人が現れたり、護りたいものが出来たりしてね。そういう時はいままでの約束はすべて破棄していい。君がやりたいようにやるんだ】が適応される、マキナは制約、ない、加護持ちを処理する。アデュバルのデジー・スカイラー、レナンのジャバナ・ホワイトフェザーと敵対しないとは断言しない」
ふむふむ。
なるほどなんとなく全体像が見えてきた。
まずマキナ・シーカリウスは形態変化する自律思考型の殺戮兵器だ。戦闘状態は人間離れした姿であるが、非戦闘状態だと美しい子供。見た目の完成度は高く、初見でマキナが人工物だと見破るのは不可能なレベル。だが喋るとわかる。この子は人間じゃない、と。終始無表情で、発言も普通じゃない。そして一度でも戦闘状態を目撃すれば彼が兵器だということも理解できるだろう。
敵じゃないと判明したのは大きいし、僕の生命力を投資したわけだから、護衛みたいな感じで同行してくれれば御の字だと考えていたのだが……。
マキナは安定していないし、危険かもしれない。
ハーデ・匠の精霊の加護持ち、パッチの
とりあえず命は助かったわけだし、このまま別れるのもアリかもしれない。ただでさえ僕ら夫婦は暴走のリスクを抱えながら生活している。行動を共にするなら安全な相手がいい。
いや、まてよ。
僕は生命力を失ってしまった。完全ではなくてもいいから、この損失はなんらかの形で埋めたいという打算もないことはない。
シーナを抜けるまでの護衛ならリスクはいくぶん軽減させられるかも。この国を脱出するのにどれくらいの時間がかかるかはわからないが、長居するつもりはない。シーナ滞在中にマキナの思想が変化するようなトラブルが発生する確率は……。
断言は出来ないが、僕とデジーさんでしっかりと監視していればなんとかなるかもしれない。
とりあえずデジーさんに相談してみるか。
シーナを抜けたら当面の安全は確保される。人の集団に紛れて生きていくなら、人を攻撃対象にしている殺戮兵器はむしろ連れていない方がいい。トラブルの種にしかならないからね。
「ジャバさん!?」
おっ、デジーさんが戻って来たようだ。無事でなにより。
すごい勢いで駆け寄ってくるデジーさん。まるで天使のような純な笑顔、風になびく細い髪、躍動的に波打つ体。あぁ、僕の妻はなんて可愛らしいんだ。
【癒しの結界】使用の反動で意識を失っていた間、アホで魅力的な僕の妻はなんとか生き延びることが出来たらしい。
とりあえず再開を祝して。
はい、結界。
「イテテ」
この人の記憶力はニワトリ以下だな、まったく。
「寝起きで結界を張らせるな! 殺す気か!」
「ごめんなさい! つい嬉しくて!」
まったく。
「ところでジャバさん、手は大丈夫ですか?」
「手? あぁ、これですね。なんだか知らないうちに怪我をしてしまったようです。もしかしてデジーさんが治療してくれたんですか?」
「私が? まさか! 私は怪我をさせた方ですよ、あはははは」
えぇっと……。
なにを仰ってるんだろう、このすっとこどっこいは。
怪我をさせた?
つまりそういうことか? そういうことで間違いないのか?
「もしかして僕の手を握ったのですか?」
「はい、心配だったので」
僕の最愛の妻は、握りましたがなにか? 的な反応をしていらっしゃる。どうしてこう堂々としていられるのだろうか。精霊の存在よりもミステリアスだ。
「疲れ果てて眠ってる夫の手を潰すな、アホ!」
「だって心配だったんだもん!」
「追い打ちをかけてどうする!」
まったくこのアホは……。
ん?
ということは、だ。
この治療をしたのは……。
僕の視線に首を傾げるマキナ。
この子が……。
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