第19話 求道者
あれ?
マキナ・シーカリウスって殺戮兵器だったはず。
「マキナが治療をしてくれたの?」
「傷口の処置、学習する」
「パッチに?」
「マスター・パッチ、教える、生活に必要な術」
手の傷口を観察してみた。
鋭い刃物で切った痕跡、これもマキナがやったのかな? 傷はかなり几帳面に縫合されているようだ。とても緻密な仕事で、名医と呼ばれるような人でも真似できないようなレベル。
動かせばピリピリと痛みを感じるが、普通にしていればまったくだ。なにをしたらこんな風になるんだろう。
「なにをしたのか詳しく話してもらっていい?」
「複雑骨折。骨が砕けて、皮膚を突き破る」
「なるほど」
デジーのアホはそんなに強く僕の手を握ったのか。
心配だという感情が、普段苦手な力のコントロールをより難しくさせたのかも。
デジーさんのまえで気を失うのは危険だ。今回は手だったからよかったものの、これが胴体だったら間違いなくあの世に行ってた。最悪の精霊アデュバルの加護持ちと生きていく、常に命の危機と隣り合わせだ。
「で、君は僕の皮膚を切開したの?」
「骨を接ぎ合わせ、筋肉と筋を結合させて、皮膚を縫う」
そんな高度なことが出来るのか、この子は。
しかし妙だ。
マキナ・シーカリウスは人類の滅亡を目的として創造されたはず。人の治療なんて破壊活動と対極といっても過言ではない。
するとアホの子デジーさんが横から。
「マキナちゃんはすごいんですよ! ジャバさんの手を治療しただけでなく、お料理も上手なんです!」
いよいよわからん。
料理? 人を殺すのにそんなスキルは必要ないだろう。
「ひとつ訊いていい? どうしてマキナは料理や傷の手当てが出来るの?」
「マスター・パッチ、マキナが幸せになる、望む。求められる、地位を得る、幸せになる」
治療や料理のスキルは他者に必要とされるから職や金銭を獲得しやすい、こういうことかな。
「パッチは君に幸せになって欲しかったんだね?」
「充足、愛、夢、安らぎ、恋、マスター・パッチはマキナにそれらを得る、求める」
「君の目的は人類を抹殺することじゃないの?」
「マスター・パッチをいじめる種族、殺す、マキナの望み」
えぇっと、つまり……。
「君は殺戮兵器として生み出されたわけではないのかな?」
「マキナ、幸福の求道者」
幸福の求道者……。
はぁ、なるほどなるほど。
なんとなくマキナ・シーカリウスのコンセプトが見えてきた。
マキナ・シーカリウスはハーデの加護持ちが経験できなかった真の意味での幸福を獲得するための人形だ。自分の命は限られている。いつか暴走して命を落とすだろう。だから夢を託した。自分が作った人形に。
この子は自分がそうするべきであると判断して人を殺しているのだ。殺戮こそが幸せになる手段だと盲信して。
見世物小屋のマスターであるノーマット・リーゲルとマキナを創造したハーデ・匠の精霊の加護持ちは互いに面識があった、もしくはノーマットがハーデの加護持ちを知っていた。
そんなかマキナが人を殺しはじめる。精霊の暴走の後には死。つまりマキナが完成したタイミングでマキナの作者は命を落としたと考えられる。それをきっかけにしてマキナは最愛の人ををいじめた種族、人間を狩る兵器として生まれ変わった。
マキナの誕生を知ったノーマットはハーデの加護持ちが復讐のために殺戮兵器を創造したのだと考えた。状況だけを耳にしていた僕も、マキナと会うまでは、そう思っていた。
まさか人為的に創造された人形が自分の意志で作者の復讐をしているなど考えもしない。ノーマットは精霊と人間の共存の難しさを痛感、シーナ側になんらかの提案をした。で、殺された。見世物小屋に管理していた加護持ちと一緒に。
物語の大筋はこんな感じだろうか。
マキナの状況は僕らと似ている。
ただ幸せになるために生きているのに、状況や環境が邪魔してなれない。危険視されていて、追われて、命を狙われている。なんとも可哀想な子だ。
「もしかして山で生活しているのは人間に囲まれてやられるリスクを減らすため?」
「肯定する」
知りたいことは山ほどあるが、話を聞いた感じだとこちらから危害を加えない限り攻撃してこないっぽいし、発言に矛盾もない。殺戮兵器でもない。
しばらく警戒する必要はあるだろうけど、一緒に行動できればこれほど頼もしい奴もいないかも。生命力を与えた分を取り返したいという打算もあるし、シーナ脱出のためにも戦力は少しでも多い方がいいか。
この子と一緒に幸福を探すのも……。
悪くない。
「マキナ、もしよかったら僕らと一緒に――」
と、僕が言いかけたのを遮ったのはアホの妻、デジー・スカイラー。
「気は晴れましたか?」
ん?
「人を殺して気は晴れましたか?」
「……」
「あなたはたくさんの人の命を奪いましたね。それで、どうですかマキナさん。気は晴れましたか」
「否定する」
「なぜあなたの気分が晴れないかを教えてあげましょうか」
「……」
「なにかを壊して癒える傷などないからです。たとえそれが大切な人のためでも」
「……」
「あなたのマスターは、あなたが幸福になるためにあなたを作ったのですね?」
「肯定する」
「ならば安易に他者を傷つけるのを止めなさい。もちろん戦わなければいけない場面というのはあります。逃げてばかりでは本当に手に入れたいものを得ることが出来ないからです。しかしあなたのように自分の思想や復讐のために傷つけるのは間違ってる」
「マスター・パッチ、人間にいじめられた」
「いじめられただけですか?」
「意味を問う」
「パッチさんはただいじめられただけなんですか?」
「……」
「誰もパッチさんに親切にしなかったですか? パッチさんは本当に孤独で、なんの喜びもなく、人間を恨んでいたのですか?」
「マキナは、わからない。人の心、複雑」
「では教えて差し上げましょう。パッチさんは心の底から人間を恨んでいたわけではありません。先程のジャバさんとあなたの会話を聞いていて、そう思いました」
「……」
「パッチさんはなぜ最初からあなたを殺戮兵器にしなかったのでしょうか。なぜ幸福の求道者にしたのでしょうか。あなたという存在に託されたものが、わかりますか?」
「……」
「パッチさんに愛があったのです。加護持ちになって、不遇な扱いを受けても、愛が枯渇しなかった。私やジャバさんのように」
「……」
「愛は難しいです。誰かを抱きしめると傷つけてしまうし、手を握ることも、体温を感じることも出来ないけど、それでも愛は、誰かを傷つけるよりずっと温かいです」
「……」
デジー・スカイラーはアホでわすれっぽいけど、間違ったことは言わない。
だから手を潰されても、肩の関節を外されても、リスクと隣り合わせでも、好きでいられる。
「ねぇマキナ、デジーさんの言ってることが間違ってると思う?」
「マキナには、愛が、わからない……」
「幸せになるなら避けては通れない道だと思うよ。愛して、愛される。それだけで幸せに近づける。誰かと一緒にいたいとか、護りたいとか思ったことない?」
「……」
「マキナはもう知ってるじゃないか、愛を」
「否定する」
「いいや、知ってる。マキナはなぜ人間を攻撃しようと思ったの?」
「……」
「マスター・パッチの悲しみが君の心を
「……」
「ねぇマキナ、もしよかったら僕らと一緒に旅をしないか? ちょうど僕らも幸福を探すところなんだ。一点の曇りもない幸せを手に入れたい。ついでに君の幸せも探そう。一緒に幸せになるんだ」
「……」
「嫌だったら離れてもいい。でも予定がないなら一緒に行こう。ひとりは、悲しいから」
マキナは落下する皿をみつめる猫みたいに、ジッと僕ら夫婦を眺めていた。
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