第13話 考察

 デジーさんの背に乗って謎の少年から逃げる。


 あの速さ、一撃で魔物を仕留める攻撃力。いったい何者なんだ。


「ジャバさん、あの子、追ってこないようですね」


 距離をとってから強めの結界を張った。


「あれはなんだったんだろう。魔物になにをしたんだ。まったくわからなかった。デジーさんは見えましたか?」

「いいえ、よくわかりませんでした。あの子が魔物に触れた所までは見えたのですが……」


 あきらかに人間の動きじゃなかった。動作そのものが生物のそれじゃなかったような印象だ。怖ろしく速くて、そして……。


「僕らの正体を知っていたにも関わらず追ってくる様子がなかったから、シーナの追っ手ではないでしょう」


 となると考えられるのは加護持ち、もしくはマキナ・シーカリウス。


「攻撃の意思がないのなら接触してもよかったのでは?」

「あれは危険すぎる。意表を突かれたというのもありますが、動きがほとんど見えなかった。僕の強みは即時展開かつ強力な結界ですが、相手の攻撃が速すぎてついていけない場合、確実に防ぐことは出来ない」

「張り続ければ安全じゃないですか」

「ずっと結界を張り続ければこちらからの攻撃は不可能でしょう? そのうち疲弊します」

「なるほど……」


 デジーさんの望みは可能な限り叶えてあげたいという気持ちはある。でもあれは……。


「すいません、デジーさん。僕はもうあれと接触したくない。確実にあなたを守れるという自信がないんだ。本当にもうしわけありません。結界しか張れない僕には選択肢が少ないのです」

「そんな顔をしないでください。あの子が森で生き抜く力を持っていることを知れただけで私は満足です。救いが必要ないなら無理に保護することもありません。それよりも私の無理なお願いを聞き入れてくれてありがとう。あなたの愛を感じました」


 謎の少年を避けるように移動を再開した。小まめに結界を張って急襲に備えながら歩くのはかなりの負担だったが、気が付いたら命を落としていた、なんてことになると後悔してもしきれない。


 僕が命を落としたらデジーさんはひとりになる。深く物事を考えない彼女を危険なシーナにひとり残すのは、どう考えても、ない。


 足を動かしながら考える。


 やはりあれがマキナ・シーカリウスだったのか? いや、加護持ちの線が消えたわけではない。精霊の曝露事故の経験者だとすると、なんの精霊だろう。


 見世物小屋のマスター、ノーマット・リーゲルとの会話を思い出す。


 アデュバル・力の精霊、バズ・音の精霊、カルイ・獣の精霊、レナン・棘の精霊。とりあえず見世物小屋にいた加護持ちは四人だ。


 バズ・音の精霊は名前の通り音を操った。人の心を癒したり混乱させたり、爆音で耳を潰すことは出来たが、あの少年のような身体能力はなかったはず。カルイ・獣の精霊は力を発揮するためには獣化しなくてはならない。あの子が僕の結界の乗った時、容姿は変わらなかった。ということは獣の精霊でもない。


 身体能力が向上し、一撃で魔物を倒すほどの攻撃力を手に入れられる精霊の話が……。


 あれが加護持ちだと確定したら接触して共闘、なんて未来も開けるかもしれない。いや、加護持ちを増やすのは危険か? 収拾がつかなくなるかもしれん。あれが殺戮兵器だったらどうだ。


 結論を出すには不確定な要素が多すぎる。


 マスターとの会話のなかにあの少年のような特徴を持つ精霊がいなかったか?


 他に思い浮かぶのはマスターの奥さん、エルザが持っていたベーダ・大地の精霊。土地の形を変えるほどの大規模な土魔法を使えるようになるが、使うほどに身体能力が低下する。あの少年とはまったく違う。他には……。


 カナン・光、リーファ・風、この辺りの精霊は話題に上った気がするが、どれも違う。


 どう考えても人間にしか見えなかったが、もしあれがマキナ・シーカリウスだったらどうだろう。匠の精霊はあんな精巧な物が作れるのか? 普通に会話をしていたぞ。そんな知能が高い物を人工的に生みだせる?


 まさか……。


 しかし生命の範疇を遥かに凌駕した身体能力、相手を油断させるための容姿、一撃で魔物を葬り去った攻撃手段、兵器として必要な物はすべて兼ねそろえていた。


「もしかするとあれがマキナ・シーカリウスだったのかもしれない」

「なぜそう思うのです?」

「あんな物を生み出せるはずはない。話せる兵器なんて現代のテクノロジーでは不可能です。でもハーデ・匠の精霊ならあるいは……」

「でも、あんな兵器を作れるのならマキナ以外にも製造しているのでは?」


 それは無理なんだ。


「マキナはハーデ・匠の精霊の暴走で生まれた兵器です。命を燃やしつくし、かつていないほどの現象を引き起こす精霊の暴走。いままでの加護持ちの暴走を考えるとなにが起こってもおかしくない」

「そうですね……」


 アデュバル・力の加護の暴走なんかはメジャーもメジャー。


 地面を叩いて割り、家屋を掴んで投げ、触れるだけで人の命を奪う。


 元々化け物じみている怪力が暴走すると手が付けられないほどに凶悪になる。


「ときあかり、という言葉をご存知ですか?」

「わかります……」


 命の灯火が最も苛烈に燃える瞬間。


「マキナ・シーカリウスはハーデ・匠の精霊の加護持ちがいままでの人生のすべてを捧げ、命を賭して生みだした最高傑作だった。作り手の想いを実現させた完全な作品、それがあの子だったとしたら……」

「なるほど」

「僕らにもいつか、そういう日が来る」

「私は怪物に、そしてあなたは」

「結界になります。おそらく」


 なぜ僕らに攻撃してこず、魔物だけを仕留めたのか。考えられるのは……。


「デジーさん、僕の考えを言ってもいいですか?」

「はい」

「あの少年は僕を指さしレナンだと言いました。次いであなたを指さしアデュバルだと」

「えぇ、そうでしたね」

「つまり僕らが加護持ちだということを知っていたのです。あれがシーナの追っ手だとしたら、攻撃してこないのはおかしい」

「そうですね。あの子は私たちを無視して魔物を倒しました」

「シーナの刺客でないとすれば、精霊の加護持ち、あるいはマキナ・シーカリウスだったのかもしれない」

「はい、そうかもしれませんね」

「精霊の加護持ちを仲間にするのは危険です。暴走すれば巻き込まれるかもしれないから。僕はあなたの夫です。だからあなたが暴走しても力の限りを尽くして助けようとするでしょうし、それで命を落としたとしても未練はない。でも赤の他人のためにそんなリスクは負いたくはありません」

「ですね。ただでさえ私たちに残された時間は少ないですから」

「だけどもしあれがマキナ・シーカリウスなら、味方にしてもいいかもしれない……」

「殺戮兵器を味方に?」


 やっぱり馬鹿げてるよな。


「いや、忘れてください。もしかすると共存できるかもしれないと思っただけですから」

「途中で止めないでくださいよ。なぜそう思ったのですか?」

「うぅん」

「どうしたのです?」

「もし僕がハーデ・匠の精霊の加護持ちなら、きっと人間を恨んでいたと思う。ずっと働かされて、最後まで信用されることなく監視されていたのだから。そんな作り手の心を反映したのがマキナ・シーカリウスだとしたら今回の出来事にも説明がつくのです」

「というと?」

「加護持ちや魔物は攻撃対象でないのかもしれない」

「でもあの子、魔物を倒してたじゃないですか」

「死を確認していない。黙らせないと自らに危険が及ぶから意識を奪った。殺していないから数が減らない。僕らは加護持ちだったから無視された」


 マキナが殺すのは、あくまでも作者を虐げた人間だけ。


「なるほど……」

「次、あの子と会ったら交渉してみようと思っています。もちろん安全そうなら、ですがね。かまいませんか?」

「えぇもちろん。あなたが決めたことなら」


 加護持ちなら会話するだけでわかれる。マキナ・シーカリウスなら共闘する。


 これでいこう。

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